キバナがお気に入りのバーで生意気な店員の知らない一面を見てしまう
歴史あるナックルシティの街並みは夜でも明るく学生達の賑わいでまるで不夜城だ。そんな眩しい通りを抜けてオレがひとりで向かうのは小さなバー、知る人ぞ知る隠れ家だ。 「あっ、今日も雑魚雑魚だったキバナくんじゃーん」 ちびちびと酒を飲んでいると、マスターと入れ替わるように女がやって来た。便宜上『女』と言ったが見た目はどちらかと言うと少女に近く、オレも初めて会った時はこんな未成年がバーで働いてもいいのかと思わずマスターに尋ねてしまった。 ニヤニヤと気に食わない笑みを浮かべて声を掛けてきたコイツは此処のバイトで、一々癪に障る言い方で突っかかってくるからコイツがいる日はせっかくのマスターの酒を機嫌良く飲めない。しっしっ、あっち行けと手を振ってみるがそんな事で退くような女じゃあない。 「ジュラルドンがストーンエッジ外しちゃってめっちゃ焦ってたよね〜勢いで命中不安な技選んじゃうの、ホント雑魚ですって感じで笑っちゃう」 言い方はともかく的を射た指摘に、思わずグラスを握る手に力が入る。視線はオレを見ていたから気付かれてないと思ったんだが、目敏いコイツに呆気なく見つけられて「あははっ、雑魚だけどプライドだけは高いもんね〜」ニヤついた顔でよしよしと頭を撫でられた。 小さい手はオレが掴んだら簡単に折れてしまいそうで、そんな奴に良い様にされっぱなしなオレをファンが見たら幻滅待ったなしだ。 「うるせぇ、エキシビションマッチは盛り上がりも重要なんだよ。ダイマックスするには会場はまだあったまってなかったろ」 おまけにジムチャレンジにも挑戦した事ない一般人にトップジムリーダーのオレ様がガキみたいに言い返してる。こんな姿、ファンはもちろん友達にだって見せられない。 「えー、でもそれヌメルゴンが早く倒しすぎちゃったせいじゃん。雑魚だと相手も雑魚しか当ててもらえなくてキバナくんかわいそ〜」 「……おいおい、オレ様はともかく相手を悪くいうのはダメだろうが」 頭の手を振り払って眉根を寄せる。今のは聞き捨てならない。実力関係なくトレーナーには最大限の敬意を払うべきだ。ここは言い負かされてる場合じゃない。 可愛い顔がうっ、と言葉に詰まって気まずそうに顔を背けた。ぼそり、「別に悪く言ってるつもりないんだけど」と呟いて拗ねた唇がツンと尖る。オレもどことなく居心地が悪くてフンと鼻を鳴らした。 飲みかけのグラスに口を付ける。すっかり大人しくなった彼女は食器洗いに専念して、テーブル席の注文を取りにパタパタと小走りで去っていった。はぁ、でっかいため息が零れる。 アイツ、黙ってたら可愛いのにな。オレには見せてはくれない笑顔を思い出して眉間のしわが深くなる。オレが見れるのは意地悪そうに笑う顔ばっかり、照れたようにはにかむ彼女の笑顔は遠目でしかも横顔でしか見た事がない。 「オレ様、嫌われるような事でもしたかねぇ」 最初はもっと好意的だったが、気付いたらあんな感じになっていた。だが原因を考えてみてもこのバーで悪酔いした事はないし、交わした会話も無難だったはずだ。根本的に性格が合わないって事だろうか。だとしたら最悪じゃねえか。 彼女の向かったテーブル席に目を向ける。お忍びでやって来たキバナ様にはあんな態度のくせに、ニコニコ愛想良く笑ってずいぶん楽しそうにしてやがる。それが何だか気に食わなくて呷るように酒を喉へ流し込んだ。 アイツが注文を取り終え軽い足取りでカウンターへと戻って来る。上機嫌な顔が少し憎たらしい。 と、オレが体を戻そうとした時だ。 「わっ、ちょ、危な……っ」 あいつの体が飛び跳ね、ぐらりと不自然に傾いた。足元でチョロチョロ動くジグザグマにつまづいたのだ。 「おぉっと、大丈夫か」 幸か不幸か、こっちに倒れた体を受け止める。華奢な体がすっぽりとオレの胸に収まった。無事に受け止められた事に安堵しつつ、一方で次の瞬間にも八つ当たりされるのを覚悟する。コイツはそういう奴だからな。 けれど文句はいつまで経っても聞こえてこない。それどころか身動き一つしないで倒れ込んだ状態のまま、石みたいに固まっている。優しく受け止めたつもりだったがどこかを打ったか、もしくは足でも挫いたんだろうか。さすがに心配になって顔を覗き込んだ。 「おい、お前大丈…ぶ……」 目に映った信じられない光景に、オレはぽかんと口を開けていた。だってそうだろう、オレが受け止めたソイツが、瞳を潤ませ恥ずかしさに顔を真っ赤にさせてたんだから。その態度はオレ様の大ファンにハグした時の様子とそっくりで、まるでコイツがオレの事を本当は大好きって事じゃないか。 「え、お前もしかして」 「いっ、いい加減離してよね!トップジムリーダーだか知らないけど万年2位の雑魚キバナくんの癖に調子乗りすぎなんだからっ」 彼女はどんっ、と思い切り胸を押してオレの腕の中から逃げ出してしまった。耳まで赤くさせた顔で、表情だけは不機嫌な顔を作ってフンと鼻を鳴らす。そしてそのままカウンターの奥へ引っ込むと、それきりその日は姿を見せなかった。 いやいやいや、何だよあれ、どういう事だよ。アイツ、オレ様のこと嫌ってたんじゃなかったのかよ。今さらそんな後出ししてくるとか反則すぎるだろ。 オレはすっかり困り果て、残っていた酒をぐいっと飲み干した。一気に飲んだせいかアルコールで喉が焼け肌が熱くなる。酒に負けるオレ様ではなかったが、この瞬間だけは一刻も早く酔って潰れてアイツの可愛い顔を忘れてしまいたかった。