それは次のティータイムに

冗談半分で言った言葉をチリに問い詰められ、挙句カウンターをくらう

「えっ、チリちゃんセルクルタウン行くの?」
「行くけど自分が思てるみたいな観光ちゃうで」
「でも朝から行くんでしょ?」
「まぁ、そういう予定にはなってるなぁ」
「だったら!」
 わたしはテーブルからぐいと身を乗り出してチリちゃんに迫る。あからさまに眉をしかめて嫌そうな顔をするチリちゃんはわざとらしく体を引いたけれど、彼女がわたしに容赦なくそんな態度を取るのはいつものことだ。わたしは構わず両手を合わせて「お願い!」と言葉を続けた。

   * * *

 友人のチリちゃんはここテーブルシティがリーグから近いこともあってよくわたしを訪ねてくる。今日もリーグに差し入れが余ってたから、と大量のドリップバッグコーヒー片手にやって来た。この前貰ったティーバッグもまだ沢山残っているのに、またも増える飲み物に素直に喜べないでいると、
「今度はハムでも持ってくるから」
 だから今日はこれで堪忍な、とチリちゃんがぽんぽんと肩を叩いた。
「ハムを貰ってもそれはそれで困るんだけど」
 呆れる気持ち半分、また来てくれるんだと喜ぶ気持ちが半分、わたしは緩みそうになる頬をぎゅっと引き締め、ごまかすようにため息を吐いた。
 さっそくコーヒーを飲むためにお湯を沸かす。電気ケトルに二人分の水を入れていると、席に座ったはすのチリちゃんが背後に立っていた。肩越しにケトルを覗き込んでいるのが分かる。
 しばらくそうしていたチリちゃんは顔をこちらへと向けて「{{kanaName}}」耳元でわたしの名前を囁いた。チリちゃんの薄く開いた唇から零れた吐息が耳をくすぐる。生暖かいそれとすぐ傍まで寄せられた身体にびくりと肩が震え、ケトルの中の水が大きく跳ねた。
「なっ、何?」
「チリちゃんのマグカップどこやったん?」
 振り返った先には眉間にしわを寄せたチリちゃん。両手をポケットに突っ込んだいつもの姿勢で、彼女より背の低いわたしを不満そうに睨みつけていた。表情豊かな彼女のことだから見た目ほどは怒ってないと思うけれど、それでも物言いたげな視線がまったく嘘ということもないだろう。
「え、マグ……?ちゃんと食器棚にあるよ」
 水の溜まったケトルをセットしがてら食器棚へ向かう。たしかこの辺りに……と手前に置いたコップをのけて目当てのマグカップを取り出す。ブリッジタウンで買ったユキワラシ柄のそれは、いつの間にかチリちゃん用のマグカップになっていた。
「最近使ってなかったから奥に入っちゃってたみたい」
 ついでに自分のマグカップを取ってチリちゃんに渡す。しかめ面だったチリちゃんがにっこりと笑顔になる。眉と対照的に目尻がやや垂れた瞳は、微笑むとどきりとするほど色っぽい。その表情に合った物静かな性格なら今よりもっとモテたんだろうにな、と残念なようなほっとするような感情がひっそりと湧き起こる。
「ありがとさん」
 チリちゃんがマグカップ2つをテーブルに置いて席に着く。ケトルはまだ当分沸騰しそうにない。わたしも対の椅子に座って「チリちゃんが来るの、久しぶりだよね」と頬杖をついた。
 しばらく他愛のない世間話を交わし、ちょっとお高いコーヒーを淹れてまた会話に花を咲かせる。チリちゃんはアカデミーがそろそろ宝探しの時期でリーグも忙しくなるとため息を吐いて、同僚のハッサクさんが今日も元気だったと笑って、そうして今度セルクルタウンへ視察に行くのだと言った。
「えっ、チリちゃんセルクルタウン行くの?」
 ミルクをたっぷり入れたコーヒーを飲んでいたわたしは、チリちゃんから出た街の名前に茶色の水面から顔を上げる。
 セルクルタウンといえばパティスリームクロジがある。あそこのお菓子はどれも絶品で、特に季節限定のケーキが人気だ。たしか今はパモをかたどったケーキで、その味と可愛さでSNSを賑わせている。わたしも食べてみたいのだけど、人気商品はすぐに売り切れてしまってなかなか買えずにいる。
 だからこそ。期待の視線をチリちゃんへ向ける。
「行くけど自分が思てるみたいな観光ちゃうで」
 朝から視察や言うてるやろ、チリちゃんがわざとらしいため息を吐く。わたしがムクロジのお菓子が大好きな事を知ってるから、何を言われるか分かっているのだ。
「でも朝から行くんでしょ?」
「まぁ、そういう予定にはなってるなぁ」
「だったら!」
 わたしはテーブルからぐいと身を乗り出してチリちゃんに迫る。あからさまに眉をしかめて嫌そうな顔をするチリちゃんはわざとらしく体を引いたけれど、彼女がわたしに容赦なくそんな態度を取るのはいつものことだ。わたしは構わず両手を合わせて「お願い!」と言葉を続けた。
「限定のパモケーキ、どうしても食べたいんだもん!」
 ムクロジのケーキは苦いコーヒーにもこの前貰った紅茶にもぴったりで、わたしはムクロジのパモケーキが食べたくて、チリちゃんはセルクルタウンへ行く用事があるのなら、チリちゃんがケーキを買ってくるのは自然の流れだろう。百歩譲ってそうじゃないとしても、ちょっと寄って買ってくれてもいいと思うのだ。チリちゃんも甘いものは食べるしムクロジのケーキは美味いと以前言っていたし、面倒くさい以外の断る理由は見当たらない。
 けれど、わたしがこんなに必死に頼んでも目の前には渋い顔をした友人しかいなかった。今日のチリちゃんは簡単には折れてくれないらしい。それならば。
「お願いチリちゃん、わたしとチリちゃんの仲でしょ」
 だめ?と小首を傾げて可愛く言ってみる。でも目の前の眉間のしわは消えない。チリちゃんのドオーのつぶらな瞳をお手本に、もう一度あざとく「ね?」と首を傾げて真紅の瞳を覗き込む。今まで余程の事じゃない限り、チリちゃんはこれで折れてくれていた。今回のお願いも無理難題を吹っ掛けている訳でもないから今すぐにでもため息まじりに「仕方ないなぁ」と言ってくれるはず。わたしはその瞬間まで懸命に可愛らしくチリちゃんを見つめた。けれどため息も呆れ顔もそこにはなく、
「{{kanaName}}とチリちゃんの仲、ねぇ。一体どんなもんやろか」
 代わりに満面の笑みを返された。テーブルに肘をつき両手を組み、計算された美人の微笑みがわたしの答えを待っている。
「えっ、と……」
 特に深い意味もない言葉だった。だから改めて問い返されると言葉に詰まってしまう。
 チリちゃんは学生時代のクラスメイトで、卒業してからもこうやって互いの家に遊びに行ったりご飯を食べたりする関係だ。一言で言えば友人、だろうか。
ただ、以前興味本位でわたし以外のクラスメイトとはどれくらい会ってるのかと聞いてみたら「それが意外とおらんくてな、こんなに会うてるのは自分くらいやわ」となかなか嬉しいことを言ってくれた。学生時代からチリちゃんはかっこよくて学年問わず友達も多い人だったから、そんなチリちゃんに気に入ってもらえているのはちょっとした自慢だ。
 だから、少し欲張った表現が頭に浮かぶ。同級生でも友達でもなく、それより先の、特別な相手を指す表現が浮かんでくる。
「し、しんゆう…、かな」
 自分で言った言葉なのに、口にした瞬間とてつもなく恥ずかしくなってきた。心臓がばくばくと大きな音を立て、顔がぶわりと熱くなる。そんな自分を隠したくて、顔の前で合わせていた両手で顔を覆って椅子に腰を下ろす。チリちゃんの顔をまともに見れる気がしなかった。
「親友、ねぇ」
 吟味するかのようにチリちゃんがわたしの答えを舌で転がす。その声からは不快感は感じられず、けれど同意も感じられない。チリちゃんは何を考えているんだろう、不安と期待が胸の中で暴れ出す。何も言わないチリちゃんが焦れったくて、指に隙間を作ってちらりと覗き見る。
「なんや自分、親友でええんや?」
 リップを塗っただけの薄桃の唇が弧を描く。真紅の瞳がわたしの困惑する視線を目ざとく捉える。目尻のまつ毛が瞬きに合わせて揺れて、たったそれだけのことなのにわたしの心臓はどくんと大きく跳ね上がった。
「まぁこの話は今度ムクロジのケーキ食べながらする事にしよか。買うて来るんはパモさんのケーキだけでええんやな?」
「えっ?あ…、うん……」
 本当はムクロジの焼き菓子も食べたかったけれど、その時はチリちゃんの言葉の意味が分からなくて頷くだけで精一杯だった。その癖妙な期待に胸を高鳴らせて指の先まで熱を帯びていて、この後チリちゃんが話してくれたとっておきの笑い話も次の約束も全て右から左へ流れていった。ようやくわたしが真意に気付いた時にはコーヒーはとっくに冷めていて、最後のひと口を飲み干したチリちゃんはにやりと口角を上げた。
「だからその話はまた今度や言うたやろ、親友の{{kanaName}}ちゃん?」