隠し場所は左耳

チリのピアスをこっそり1つ拝借した夢主が、チリとお昼にサンドウィッチを食べる

 ちょっとした出来心だった。
 息を殺して手を伸ばし、静かにそれを握りしめるとすぐ傍にあった歯磨き用のコップの中へそっと隠した。



「見つかって良かったわ」

 テーブルシティにいくつか在る広場のベンチ、そこが今日のデート場所だ。頭の真上で眩しく輝く太陽に照らされながら近くのまいどさんどで買ったサンドウィッチをチリちゃんと並んで頬張る。
 朝帰りのチリちゃんと会うのはたった数時間ぶりだけど、その数時間でチリちゃんへの想いがますます強くなっているようだった。だって、左隣に座る彼女の横顔をこっそり視界に入れるだけで心臓がバクバクと大きな音を立てている。もしわたしがチリちゃんと職場が同じだったらドキドキしすぎて仕事にならないだろう。
 チリちゃんが大きく口を開けてサンドウィッチに齧りつく。そこそこ固いはずのバゲットは簡単に噛み切られ彼女の口の中で丁寧に咀嚼される。そしてごくんと喉が動くとチリちゃんはまたサンドウィッチに齧りつく。
 なんの変哲もない、ただ彼女が昼食を取っているだけ。けれど、昨日あんなに凶暴にわたしに吸い付いて噛み付いた口が大人しくサンドウィッチを食べているものだから目が離せなかった。じっ、とチリちゃんの横顔を見つめる。
 と、流石に凝視しすぎたのか「どうしたんや?」チリちゃんがわたしの方へ顔を動かした。

「あ、えっと……。ピアス持ってくるの忘れて、ごめんね」

 それはわたしより出勤の早いチリちゃんが「あっちゃ〜、ピアス1個どっかいってるやん。自分も時間ないやろけど{{kanaName}}、探しといてくれると嬉しいわ」と頼んだピアスのことで、いつもチリちゃんの右耳に着いているはずのものだ。
 けれど今朝チリちゃんはちゃんはピアスを一つ見つけられなかったから、その右耳はいつもよりピアス一つ分大人しい。わたしはそれを見つめていた言い訳にして視線を自分のサンドウィッチへと落とした。

「ああ、かまへんよ。帰りに取りに行ったらええんやから」

 まさか恋人がわざと隠したとも露知らず、チリちゃんは柔らかく笑う。その笑顔に罪悪感を感じていると、勘違いをした彼女が「今日も家行く口実出来てチリちゃんめっちゃ嬉しいねんから、そんな顔しやんとって」甘えるニャオハのような声でまた笑うから心臓がどんどん加速してゆく。ピアスを隠した罪悪感と嘘を吐いている背徳感、それら全てを塗りつぶしてしまう程の幸福感でわたしは眉を下げる事もニヤける頬を止めることも出来ず、誤魔化すようにサンドウィッチに齧り付いた。

「ほんま自分は照れ隠しが下手なんやから」

 視界の端に映るチリちゃんの笑顔が変化する。恋人を優しく見つめていた珊瑚色の瞳は何かを見つけてキラリと光り、控え目の色を乗せた唇がにんまりと弧を描く。
 もしかして、と焦りを覚えながら「な、何?」チリちゃんの方へ首を傾げると呆れたように笑うチリちゃんと視線が絡んだ。

「髪の毛、耳に掛けへんから食べてもうてるやん」

 ふはっと小さく笑って、チリちゃんの手がわたしの左頬に掛かる髪の毛をそっと掻き上げる。あっ、と声を上げてその手を止めようとするけど間に合わない。顔へ垂れていた前髪はチリちゃんの手によって左耳へと掛けられてしまった。

「あんまり素直すぎるんも……あ? 自分、耳のそれ……」

 ぱちぱちと瞬きをして、チリちゃんがもう一度わたしに手を伸ばす。今度はわたしの方が先に動いてチリちゃんの手が届くよりも先に左耳を隠す。けれどそんな抵抗は何の意味もなく、手首を掴まれ簡単に引き剥がされてしまった。
 チリちゃんの瞳に、わたしの家に忘れてきたはずのピアスが映る。わたしのささやかな嘘が、ほんの数分も経たずにバレてしまった。耳が熱くなる。真っ赤になっているのが見なくとも分かった。

「ふっ…、なははっ! {{kanaName}}、今日は随分可愛らしいピアス着けてんなぁ」

 チリちゃんが大きく口を開けて笑う。その笑い声は存外大きくて、傍の人たちの視線がこちらに集まる。でもチリちゃんはそんな事お構いなしに笑うのをやめない。面白い事なんて何もないのに、お腹を抱えてまで笑い続けた。
 ようやく笑いが収まったチリちゃんが目尻に溜まった涙を指で掬って、わたしの左耳にまた熱い視線を向ける。そして昼食の間は手袋を外した手が、赤くなったわたしの耳をそっと摘む。熱くなった体がさらに体温を上げるのを全身で感じた。

「帰りに家寄るから、なくさんとってな」

 さあ、はよ食べ終わらんと休憩終わってしまうで。チリちゃんが何事もなかったように残りのサンドウィッチを頬張る。わたしもドキドキうるさい心臓をどうにか押さえつけサンドウィッチを口に押し込む。けれど必死に食べる事に集中するわたしをチリちゃんが嬉しそうに笑って頭をくしゃりと撫でるから、味はちっとも分からなくなっていた。