雨の夜に他愛もない話をする
ザアザアと降る雨になんとはなしにノスタルジックを感じる夜だった。ぷつりと切れた会話を再び紡ごうと口を開いて、けれど言葉に詰まる。職場が同じで共通の話題自体は多いはずなのに、二人きりの時間に話せるような話の種は数える程しかない。 何か――仕事を思い出さず、それでいて興味を持ってもらえる何かはないかな。背中から自分を抱きしめるチリの熱を心地良く享受しながらこの一週間を思い出す。その間チリは顔を首筋に埋めてその柔らかい唇を何度も押し付け、煽るようにキスした辺りを舌先でちろりと舐める。 彼女はこの沈黙を『そういう事』への準備運動のような時間だと思っているらしい。でもわたしはまだもう少し穏やかな時間を過ごしたい。天気がころころと変わるパルデアで、今日のように一日中雨が降るなんて珍しいのだ、何となく特別を感じてベッドに入ってしまうのが勿体ない。もっとも、ブリッジタウンやナッペ山は降っても降らなくても一年中雪景色が続くのだけど。あぁ、そうだ。 「この前ナッペ山ジムの応援に行った時にね」 首を捻ってチリへと向ける。チリは少し訝しそうな顔をしたものの、「あー、あれな。スタッフ倒れて大変やったんやっけ?」と話を続けてくれた。 「でもなんで自分が行かなあかんかってん。チリちゃん午後からむっちゃ寂しかってんけど」 「だからそれはトップが……って、ちゃんと聞いて!」 チリの両手が怪しく動き始めたからぴしゃりとその手をはたく。チリは反射的に「ごめんって」と謝罪の言葉を口にしたけれど、「ちゃんと話聞いたるから」と言いながら頬にキスを繰り返した。どうやら今のでスイッチが入ったらしい。穏やかな時間はもう長くは続かなさそうだ。でもわたしだって簡単には譲らない。チリの焦れったい愛撫を極力無視して話を続ける。 「グルーシャさんが産まれたばかりのクマシュンを保護してて見せてもらったんだ」 ぴくり、チリの眉が動く。チリはわたしが男の人を話題にするのをあまり快く思っていない。本人は隠しているつもりなんだろうけど、今みたいに眉が動いたり険しい顔をしたりと、不快の感情が反射的に現れる。 チリに言ったらきっと怒るだろうけど、嫉妬を見せる彼女に胸がキュンとして時々わざと男の人の名前を出すこともあった。それに少し機嫌の悪くなったチリはベッドの中でいつもより魅力的で、わたしをとろとろに溶かしてくれる。だから、わたしはチリの嫉妬は嫌いじゃなかった。 「すごく小さくて可愛くて、両手にすっぽり収まるくらいだったんだよ」 こんな風に、と両手でお椀を作る。あのふわふわの体毛を思い出してにんまり笑っていると突然、チリがわたしの胸を持ち上げるように掴んだ。 「ふーん」 「ちょ、ちょっと」 「これが産まれたてのクマシュンの重さなんかぁ」 「は、何言って」 「確かに可愛らしいし手ん中収まるし、そら笑顔になってまうわ」 チリの手が服の上から胸をさわる。さっきまでのちょっかいを掛けるような触り方じゃなくて、もっと直接的な下心を感じる妖しい動きで刺激する。首筋にさっきより熱くなった吐息が掛かった。気づけばわたしの息もいつの間にか上がっている。 「ほんで自分、その子どうやって可愛がったん?」 「それは――――」 ザアザアと降り続く雨になんとはなしに人恋しさを覚える。ぽつぽつと続いた言葉は「あッ」と小さな悲鳴を最後に雨音に掻き消えた。