チリとの帰り道で、揺らいだ自信に喝を入れられる。
「待ちぃな、一人で帰るなんて水臭いやん」 夜も賑やかなテーブルシティをいつものように一人で歩いていたら後ろから声を掛けられた。知っている声に振り返ると、チリが長い髪を揺らして手を振っている。チリも今帰るところのようだ。 足を止めてチリを待つ。チリは長い足で石畳を駆けると、その勢いのままわたしにばっ、と飛び付いた。チリの無駄のない腕がわたしの腕にするりと巻き付く。 「せっかく自分もチリちゃんも仲良く残業しとったんやで、一緒に帰らな損やろ、損!」 そう言ってチリは「夕飯どうするん?このままデートしようや」といくつかお店を挙げた。 わたしは兎も角、チリは朝から特に忙しそうで、何度も疲れた顔を見せていた。そんな日はデートなんてせずに家でゆっくり休んだ方がきっと良い。けれどチリは組んだ腕を絶対に離そうとはしなかった。 それじゃあ仕方ない。と、本当は嬉しくて緩む頬をぐっと引き締めてチリが最後に挙げたお店――多分チリが今一番行きたがっているお店を選ぶ。わたしの返事にチリがにっこりと笑った。顔が赤くなって胸の鼓動が一気に加速する。普段の少々威圧感のある表情からは想像も出来ない柔らかい笑顔は、何度経験しても慣れそうにない。 「ほな行こか…………おっ、」 機嫌良く歩き出したのも束の間、チリがある一点を見つめる。何を見つけたんだろう。視線を追うと、その先に見覚えのある姿があった。 白髪混じりのやや崩れた髪に覇気のなさの象徴のような猫背の男性だった。リーグにはスーツの男性が多いけれどあれは間違いようがない、アオキさんの後ろ姿だった。アオキさんはとある飲食店の前で隣の美女の指すメニュー看板を眺めて、何事か返事をして美女を連れてお店へと入って行った。わたしとチリは顔を見合せた。 「アオキさんてべっぴんさん捕まえるん上手いよなぁ」 チリが感心するようにため息を零す。 チリの言う通り、アオキさんの恋人はとても美人でスタイルよ良かった。失礼も承知で言うと、くたびれた社会人を体現しているアオキさんにはとても勿体ない。当人が満足しているなら外野がとやかく言う事ではないと分かっていても、それでも美女と野獣を見つけたらそんな感想も出てきてしまう。 そして当然、その眼差しは等しくこちらにも向けられる。わたしじゃチリの隣は役者不足だと思う人は、残念ながら0じゃない。 「あっ、また何か余計な事考えとるやろ?」 眉間に皺を寄せてチリが睨む。凄みのある顔に見事に図星を指され、視線が逃げ惑ってフラフラと揺れる。そんな事ないよ、と口では返したものの視線を合わせる事は出来なくて、結局「だって、」と弱気になった心が零れた。チリも彼女がもっと美人の方がいいよね、と。 「あのなぁ」 組んでいた腕がするりと解かれる。触れ合って熱を帯びていた腕を夜風がひやりと撫でた。今の余計な一言でチリの心が離れたように思えて、ますます顔を上げる勇気がなくなる。視線はつま先以外見れるものがない。 「こら、話する時はちゃんとこっち見い」 「えっ…、ぅわっ!」 チリの手がぎゅっと両頬を掴んでぐぐっと持ち上げる。逃げていた視線が強制的に交わって、深紅の瞳がわたしの考えを見透かすようにじっと凝視する。やっぱりチリは怒っていて、眉間にはうっすらと皺が刻まれていた。けれど次の瞬間、チリは小さく息を吐いてその顔が和らいだ。 「チリちゃんが一目惚れしたんは他の誰でもない自分で、好きなんも自分しかおらへんし、他の誰に何か言われても絶対に{{kanaName}}の隣は譲らへん。ったく、知ってる癖に何勝手に弱気になっとんねん、他人の事なんか気にせんとチリちゃんだけ見とき、いつも言うてるやろ?」 真っ直ぐに向けられた、嘘偽りのない瞳。胸に広がっていた不安が一気に晴れてゆく。そうだ、チリはこういう人だった。わたしはチリの優しい瞳をしっかりと受け止めて返事を返す。 けれど存外強い力で掴まれた頬は上手く動かない。だから代わりに大きく首を上下させた。チリは始めこそ疑うようにわたしを睨んでいたけれど、「ふはっ、悪い悪い、可愛い顔が台無しやな」堪え切れずに笑い出した。 そうしてやっと手を離したチリはその手をわたしへと絡める。力強く絡められた指は少し痛かったけれど、わたしも同じくらいの気持ちを込めて握り返したら幸せだけが胸に広がった。 「よっし、ほな予定変更してチリちゃん家行こか」 「えっ、どうして?」 繋いだ手を引っ張って勢い良く歩き出したチリがニッと口角を上げて笑う。 「だって、{{kanaName}}に『自分がチリちゃんにめっちゃ愛されてる』ってよぉーく分からせなあかんやろ?」