ブルーハワイ

夢主の喜ぶ顔が見たくてかき氷を買ったチリ
※チリ視点
(『#夏の日のワードパレット』10.ブルーハワイ)

――思わず買うてしもたけど、これどないしたらええねん。
  ジリジリと肌を焼く夏の日差しの下でチリは悩んでいた。外に昼食を食べに出た帰り道、広場のイベントに気が付き少し覗くだけのつもりが気付けばかき氷を手にしていたのだ。
 チリには買うつもりなど一切なかった。百歩譲って買うとしても、喉の渇きを潤せてデスクに置いていても問題がない飲み物の類のつもりだった。
 しかし屋台の前で楽しそうにする女性に自身の恋人{{kanaName}}の姿が重なり、彼女が笑顔でかき氷を食べる姿を隣で堪能したいという欲に勝てずかき氷屋に並んでいた。

――最悪ポピーにあげればええか。

 暑さですでに溶け始めたかき氷を抱え、早足でリーグへ戻ったチリは、その足で食堂へと向かう。
 チリと違って{{kanaName}}は昼食をもっぱら食堂で済ませている。チリとしてはせっかく同じ職場なのだから一緒にお昼を食べたかったが、{{kanaName}}はこの関係が周知されるのを嫌がり頑なに食堂を使っていた。
 チリが何度「自分と付き合うてること、みんな知ってて公然の秘密状態やねんで」と言っても明るい返事が返ってきたことは一度もない。{{kanaName}}はあくまでも同僚として接することに徹しようとしていた。だからこそ、チリはかき氷の行く末に頭を悩ませていた。

 チリは食堂に着くなり、ぐるりとテーブルを見回した。かき氷が溶けるから、という尤もらしい理由の陰にただ自分が顔を見たいからという欲望をねじ込んで{{kanaName}}を探す。
 と、奥の方にその姿を見つける。ミツハニーが花の甘い香りに誘われるように、チリは{{kanaName}}の元へと足を進めた。途中、何度かチリに挨拶をする声が聞こえたが、いくつかは喧騒で聞こえなかった振りをして、無視できないものには「すまんな、{{kanaName}}に急ぎの用があるんや」と返事もそこそこに足を進めた。{{kanaName}}は二人の関係を隠したがっていたが、チリは周りへの牽制も込めて隠すつもりなどさらさらなかった。

「お疲れさん。自分、甘いもん好きやったやろ? これ食べへん?」

 コンッ、と軽い音を立ててかき氷のカップをテーブルへ置く。一人で食事をしていた{{kanaName}}がハッとしたように顔を上げた。上司に向けるには随分反抗的な瞳がチリの赤い瞳に向けられる。チリは{{kanaName}}の隣の椅子を引くと、そんな睨み屁でもないと言わんばかりに微笑んでどかりと腰を下ろした。

「買うたはええけどチリちゃんもうお腹いっぱいなんや」

 チリがわざとらしく腹を撫でると{{kanaName}}の眉間にますますしわが寄った。過度な接触を嫌がる{{kanaName}}らしい反応だ。
 しかしセレストブルーが煌めく氷の山に向けられた視線は、夏の太陽のようにきらりと輝いていた。拒否の反応を取り繕ってはいるが本心ではかき氷に心が揺れているのだろう。これはイケる、チリは{{kanaName}}に畳み掛ける。

「自分にはいつも助けてもろてるから、ちょっとしたお礼も兼ねてんのやわ」
「食べかけを……?」
「いやいやいや! それチリちゃん一口も食べてへんから! 買うて満足していっこも食べてへんよ? ほらちゃんと見てみぃな」
「そう、ですか」

 {{kanaName}}はしばらく何事か考え込み、チリを凝視し、かき氷を見つめ、何かを決めたように小さく息を吐くと顔を綻ばせた。どうやらこの贈与は同僚からの差し入れとして受け入れてくれたようだ。自然とチリの口角も上がる。

「じゃあ、いただきます」

 青く染った氷の山のてっぺんに、ストローで作ったスプーンが突き刺さる。シャク、シャクと小気味良い音を立ててスプーンが青い氷を掬って、慎重な手つきで{{kanaName}}の口へと運ばれた。チリはじいっとその様子を見つめる。思ったよりも冷たかったのか、{{kanaName}}は少し驚いた顔をして何度か瞬き、気恥ずかしそうに眉を下げた。

「どう? おいしい?」

 返事を急かすような、はいかイエスしか認めない語調のチリの問いかけに、しかし{{kanaName}}はすぐには返事をせず二口、三口とかき氷を口にする。そうして十分に味わうように目を閉じごくんと氷を飲み込んで、

「夏って感じがします」

 ブルーハワイの甘いシロップよりも甘さを感じる微笑みをチリへと向けた。

「何やねん、それ」

 自分まで溶けそうになる頬を気合いで保ってツッコミのごとく言葉を返せば、{{kanaName}}がにんまりと口角を上げてチリを見つめる。{{kanaName}}はしばしばチリに「バレちゃうからリーグでイチャイチャしようとしないで」と怒る。けれど二人の関係が公然の秘密となった原因の大部分はこういった彼女の無自覚な態度だった。
 ホンマにかわいー子でしゃーないなぁ、チリも目を細めて{{kanaName}}と視線を絡める。

「ほら見て、夏って感じがするでしょ?」

 べっ、と出された舌はうっすら青く染まっていた。