短夜

気になる彼女を成り行きで家へ連れ帰ったチリがもだもだする話
チリ(→→→)(←)夢主
※チリ視点
(『#夏の日のワードパレット』9.短夜)

 夏の夜は短くて本気で恋をするには向いてない。その時は輝く宝石に見えても茹だる熱が落ち着く頃には陳腐で安っぽいものへと成り下がる。だから大事な子に手を出すのはもっと後、夏が過ぎて熱が恋しくなってから。そのつもりでチリは一人では暑すぎる夏を過ごしていた。
 しかし、寝苦しさに目覚めたチリの視界に映るのは薄着で眠る{{kanaName}}。キャミソールのストラップは肩からずれ落ち、レースのパンツが柔らかな尻を可愛らしく飾っている。チリは数度瞬きして、ぎゅっと目を瞑る。目の前の現実から目を逸らし、夢であれと強く願った。
 けれど無意識に伸ばした指が触れた先の温もりは、夢にしてはあまりにも鮮明で意識はいよいよ覚醒してゆく。


 飲み会の帰り、フラフラする{{kanaName}}があまりにも危なっかしくて介抱を大義名分に自宅へと連れ込んだのは他ならぬチリだった。しかし{{kanaName}}は本当に酔っ払っていて、靴を脱ぐなり玄関で丸くなってそのまま寝入ってしまった。苦労してベッドに運んでもまぶたは閉じたまま、すやすや眠る{{kanaName}}の寝顔にチリが冷静さを取り戻したのは言うまでもない。泥のように眠る{{kanaName}}を壁の方へ押し付け、その隣へ倒れ込んだ。二人を乗せるには小さいベッドが悲鳴のような軋みを鳴らす。
 今ここで手を出したらどうなるか、チリには簡単に想像がついた。良くてワンナイト、悪ければ終わりだ。
 {{kanaName}}が今まで付き合ってきた相手は全て男性で女性に好意を向けた事はなく、当然チリの事も特別な存在とは考えていまい。チリもそれを分かっていたからあくまで同僚として接していた。今手を出しても、酔いのせい、夏の暑さのせいにされて本気の恋とは気付いてもらえない。
 だからチリは邪念を理性で閉じ込めて、ポケモンを図鑑の順に数える事でこの長い夜をやり過ごそうとした。


――何がどうなってんねん。
 チリはクーラーを付けるのも忘れ思わず頭を抱えていた。自分には{{kanaName}}を脱がせた記憶はないし、実際それらしい痕跡は何処にもない。{{kanaName}}も何事もなかったように寝入っている。衣服に関してさえ目をつぶれば何も問題はない。脱衣しているのはチリと同様に寝苦しさを覚えた故の行動だろう。そうだと信じたい。そうでなければ困る。
 とは言えチリがこのまま{{kanaName}}の横で眠るのは難しかった。立ち上がって乱れた髪を掻き上げる。
――喉も渇いたし、頭、冷やそか。
 チリは{{kanaName}}を起こさないよう静かに寝室を出てキッチンへと向かう。
 こんな時でも身体は現金なもので、ついでに小腹を満たそうと真っ先に冷凍庫を開けていた。飲み会では機嫌良くお酒を飲む{{kanaName}}の様子が心配であまり食べていなかったのだ。
 食材が詰め込まれた中にいくつか氷菓が見つかる。それらは{{kanaName}}がお勧めしていたから買ったもので、何となく食べる機会を逃し続けていた。食べるならいっそ今かもしれない、その内の一つを取り出した。

「それ、今一番のオススメだよ」
「おわっ! な、なんで自分がここにおんねん!」

 ぬっ、と現れた{{kanaName}}に叫び声が飛び出す。声を掛けたのは{{kanaName}}の方だというのに驚いてぎゅっと目を瞑る彼女に、反射的に苛立ちが混じった声を返せば「だって、」と{{kanaName}}の口から少し蕩けたような声が漏れた。

「暑くて起きたら全然知らない家だし、こっちに電気点いてたから……」

 ごめんなさい、と頭を下げる{{kanaName}}はまるで叱られてしょげるドオーのようだった。困った顔をしているのにそれが可愛らしく見えて、チリの心をぐらぐらと揺らしてくる。咄嗟に出たとは言え、少しキツかったかもしれない。チリも{{kanaName}}に謝った。{{kanaName}}に笑顔が戻る。

「ほなこれは{{kanaName}}が食べたらええよ。チリちゃんは別のん食べるから」

 ほら、とアイスキャンデーを差し出す。パッケージに描かれたニャオハの笑顔は{{kanaName}}にそっくりだ。けれど今チリの目の前にいる{{kanaName}}はひどく困った顔をしている。受け取るのを躊躇う顔に、「あー、」チリは今が夜中だと思い出した。最近体重が増えちゃって……、とダイエットを宣言していた{{kanaName}}には悪魔の誘惑に違いない。

「嫌なら飲みも――」
「チリちゃんは、」
「うん?」

 調整を間違えたようなボリュームの呼び掛けに、何事だと視線を冷蔵庫から{{kanaName}}へ戻す。

「チリちゃんは、夜中にアイス食べちゃう女の子…、嫌じゃない……?」

 背丈は{{kanaName}}の方が低く、必然的にチリを見上げる格好になる。不安と緊張に揺れる瞳がチリを見つめている。それは同僚に、単なる友人に向けるにはひどく熱を帯びていた。

「っな、何変な事聞いてくんねん。食べへんのならさっさと水でも飲んでベッド戻るで」

 見つめ合った瞳から、はっと我に返って顔を逸らす。青リンゴのアイスキャンデーを冷凍庫に戻し、代わりにミネラルウォーターのペットボトルを取り出した。それを{{kanaName}}へ押し付け「口付けてええから」と顔も見ずに言って、自分は何も飲まずに寝室へと足を動かす。けれどそれより先に{{kanaName}}の手がチリの腕を掴んだ。

「ま、待ってよ」

 ペットボトルに触れた手はひんやりと冷たく、チリの身体は大袈裟にびくりと跳ねた。驚きで加速した心臓のせいでいつも以上に{{kanaName}}が可愛く見えてしまう。自分にすがる瞳から、目が離せない。

「チリが先に行ったら場所、分かんなくなるでしょ」

 果たして短い夏の夜は本気の恋に不向きなのだろうか。幾夜を共に過ごす自信のなさの言い訳だったのではなかろうか。少なくとも、チリを見つめる{{kanaName}}はそうは思ってはいまい。
――今を逃したらあかん気がする。
 チリは逃げる口実全てを一蹴して{{kanaName}}を見つめ返す。

「そらそやな、一緒に戻ろか」

 短い夜の夜明けは近い。チリは朝日を思わせるコーラルの瞳を細めて頬を緩めた。