親友チリのスマホロトムが家出してくる
今日はもう寝よう、と寝室のドアを開けると真っ暗な部屋で小さな塊がパチッと光った。 ――あ、これは。 パチンと明かりを点けるとビリビリと電気を発している拳大の橙色の塊がへにょへにょと宙をふらついている。チリちゃんのロトムだ――と言っても手持ちのポケモンではなくスマホに入っているあの子だ。 フラフラのロトムを両手でキャッチして我が家のパモットに手渡す。まずは充電だ。 パモットは慣れた様子でヘロヘロのロトムに電気を分け与える。それもそのはず、チリちゃんのロトムがうちに家出してくるのは今日が初めてじゃない。これで何回目だろう、片手では足りなくて、そろそろ両手でも数え切れなくなりそうだ。 パモットの活躍を横目に、わたしはわたしで自分のスマホロを操作する。連絡相手はもちろんチリちゃん。お宅のロトムはうちにいますよーと伝えておかなくちゃ。 『毎回すまんなあ』 「まーたスマホロトムを酷使したんでしょ。付き合う相手は考えた方がいいよ」 『そんなん言うても向こうが急にアホほど連絡寄越すようになってんで、チリちゃんの不可抗力やんか』 「何でもいいけどしばらくロトム預かるから。代わりにうちの子派遣するけど早くその相手何とかしてよ。うちの子までヘロヘロにさせたらもう知らないからね」 『すまんなあ、ほんま助かるわ』 {{kanaName}}大好き、などと軽口を言うチリちゃんにため息を返して通話を切る。それを合図にスマホからロトムが飛び出してバチバチッと体を震わせた。 最近のスマホはロトムに色んな機能を頼りきっている。だからチリちゃんのロトムが家出して来た時はしばらくわたしのロトムをチリちゃんに貸してあげてるのだ。その数日でチリちゃんのロトムを回復させて、チリちゃんにも人間関係の整理をしてもらうのが習慣になりつつある。 ただし、本来ロトムの交換は非推奨だ。なんたってスマホロトムのロトムは個人情報に触れすぎている、言わば個人情報の塊、誰かに貸すなんて以ての外なのだ。こんなことが出来るのは親友のチリちゃん――身元も分かっていて信用出来る相手だからこその親切だった。 「二、三日頑張ってね」 「ロト……」 不満そうな、嫌そうな顔をしながらロトムが窓の隙間から外へと飛び出す。帰ってきたら高級ポケモンフーズとお気に入りの電池をあげよう、もちろん費用はチリちゃん持ちだ。 * 「とりあえず危ないヤツはおらん、と」 送られてきた何枚もの画像と動画を確認し終え、チリはふぅと息を吐いた。それらの削除をロトムに頼み、けれどハッとして「たんま! やっぱもっかい見して」スマホロトムを鷲掴みして数枚の画像を睨み付ける。 最近{{kanaName}}とやり取りをしているこの男はどうも怪しい。今はまだ善人の皮を被っていけどいつ狼になるか分かったもんやない。コイツは要注意人物、悪い虫はさっさと追い払うに限る――チリは{{kanaName}}へ親しげにメッセージを送る男の名前と、二人のやり取りの画像を頭に叩き込んで「サンキュな、もう消してええで」再びロトムへ指示を出した。 スマホロトムの入れ替えが成功したら個人情報が抜き放題だと知ったのは、まさにロトムを入れ替え悪質なストーカー行為を行っていた事件があったからだ。 とはいえ普通はロトムの入れ替えなんて出来やしない。偶然チリのロトムが嫌気が差して家出しなければ一生出来なかっただろう。今まで言い寄る女性には辟易していたが、こうやって自分のロトムを彼女のスマホに仕込む合法的な口実を与えてくれるようになってからはほんの少しだけ感謝もしている。 とは言え、だ。 「ほんでどないしたらええねん」 こっそり彼女のスマホの中身を覗き見て下心ある男を密かに追い払っても、肝心のチリ自身が何も出来ていない。{{kanaName}}にとってチリは友人、せいぜい仲の良い親友止まりだろう。その先へ進むあと一歩が踏み出せない。 「他の女の子と仲良くしてても焼きもちすら焼けへんもんなあ。完全な脈なしなんやろか」 ぶすっとした顔で見つめる先のロトムが気まずそうに目を逸らす。チリはつれない態度のロトムに大きなため息を吐いて「それならそうとさっさと恋人作れやアホ……」本心とは真逆の言葉を独りごちた。 しかしロトムは知っていた。このスマホにも似たような送信履歴――チリに秘密で撮られたメッセージ画面の画像がとある人物へ送られた痕跡――が残っている事を。けれどそれをロトムは報告しない。もしバラしたら、もう高級ポケモンフーズも美味しいポフィンも食べれない。 だからロトムは黙り続け、また家出の指示が出るのを今か今かと待っている。