マル・バツ・サンカク・ハート

チリが勉強を見てくれる

「これがこうで……こうして、こう!」

 カリカリと綴っていた文字列の最後に分かりやすく線を引いてふうと息を吐く。自信はある。けれど念には念を、ミスがないか丁寧に確認する。使う公式は間違ってないしケアレスミスも見当たらない。
 よし、これなら大丈夫。シャーペンを置いて顔を上げる。視線を隣に座るチリちゃんへ向けて丸付けを頼むと、チリちゃんが右手に握る赤ペンの先を見守った。自信はあってもこの瞬間はやっぱり緊張する。
 チリちゃんはノートに書かれた数行の苦労の跡をじっと見つめ、解答集と交互に見比べる。勿体ぶるように何度も答えと照らし合わせていたら「んー、」低く唸って徐々に眉間にしわを寄せて、無言で答えを跳ねた。

「えぇっ」
「考え方自体は正しいねんけどな。またしょーもない計算ミスしとるわ」
「うへぇ……」

 ノートの端に残った筆算を睨み付ける。これで何度目だろう、なかなか1回で正解に辿り着けない。せっかくチリちゃんに勉強見てもらってるのに、これじゃあ馬鹿な子だって思われちゃう。そりゃあ天才でも秀才でもないけれど、これでも成績は上の中をキープして平均点は問題なく取れている。こんなにケアレスミスが続くのだって滅多にない。

「前にジムで勉強してた時はスラスラ解いとったのにな」
「……うん、まぁ…、」

 いつだったか、あれはそうボウルタウンでコルサさんに勝った後、ひどい土砂降りのせいで帰るに帰れずジムで雨が収まるのを待っていた時だ。
 あの時もテスト間近で暇してるのが勿体ない気がして、ロビーのテーブルを借りてテスト勉強をしていた。そこへ同じく雨宿りしていたチリちゃんがあたしに声を掛けてきて、その後も見掛けるたびに声を掛けられて、今じゃ「分からんとこあるなら1人で勉強すんのも大変ちゃう? チリちゃんに任せとき」と面倒を見てくれるほどのオトモダチだ。

「何がちゃうんやろ」
「……問題、難しくなってるから」

 チリちゃんの呟きに返す声は少しそっけない。だって今はまず正解する事が大事だしチリちゃんのそれは雑談への誘いだもん。
 どこだろう、どこで間違っちゃったの。ミスを探すけどなかなか見付からない。もしかして暗算で済ませた所かな。数式に目を向ける。1行ずつ丁寧に数字を追い掛ける。あっ、ここだ!

「ほんまにそれだけ?」

 必死にノートに向けた視界の端にチリちゃんの瞳がちらりと映る。じっとあたしを見つめて、あたしがチリちゃんの方を見るのをずっと待っている。
 だめだめ、集中。今は勉強中で、お喋りタイムじゃない。解き直しも出来てないのに手を止めちゃだめ。いつも通り、普段通りに解かなくちゃ。

「{{kanaName}}ちゃんあん時よりめっちゃ緊張してるやろ」
「そんなこと、」

 ない。そう言いたいのに言葉が出てこない。図星なあたしは嘘を吐くのも誤魔化すのも出来なくて、止まったシャーペンには変に力が入って芯が折れた。

――緊張、するに決まってるじゃん!

 だってチリちゃんは、本人がそうしろと言うからちゃん付けして友だちみたいに喋るけど、本当ならそんなに気安く喋れる相手じゃない。
 パルデアリーグの中でも特に強い四天王の1人で、本人は詳しく話さないけど聞いてる限りチリちゃんの優秀さはひしひしと感じている。そんなすごいお姉さんを前にリラックスしろだなんて、チリちゃんは自分が無茶苦茶言ってる自覚がないのかな。
 おまけにチリちゃんはいつも優しくて、忙しいはずなのに今日みたいに勉強見てくれたりバトルの練習も付き合ってくれる。ジムに挑戦すると言ったらこっそり見に来て負けたあたしを励ましてくれた。そんなのされたらあたし、あたし……。

「ほんま{{kanaName}}ちゃんは可愛ええなぁ」

 ほら、また間違える理由が増えた。隣にチリちゃんがいて、ずっとあたしを見つめて、可愛いなんて言うからどんどん正解が遠くなる。

「答え合わせはすぐにでもしたるから、諦めずに気張りや」

 優しく笑う瞳の奥から、加速する心臓を貫く熱くて鋭い眼差しが向けられる。
 うん、と頷いて赤いほっぺたのままシャーペンを握り直したら、チリちゃんがノートの端にハートを1つ落書きした。