早とちり嫉妬はロトムも食わぬ

朝から何故か不機嫌なチリと朝食を食べる

 休日、いつもより少し遅く目を覚ましたらじっと見つめる目があった。チリちゃんが妙な顔付きでわたしを見ている。寝ぼけてまだ焦点が合ってないのかな、それにしてはやけに目力があってしっかりとわたしを見つめて、否、睨んでいる。
 もしかして30分程前に一度目を覚ましてちょこっとスマホロトムを見てたのにチリちゃんの呼び掛けには面倒くさくて寝たふりしたのがバレてたか、と後ろめたく思っていたらチリちゃんは眉間にしわを作りながらぶすっとした口調で「おはよ。……先起きるわ」とわたしを置いてベッドから出て行ってしまった。
 いつもの少し騒がしいとさえ思うくらいにポンポンと言葉を並び立てるチリちゃんは何処へやら、呆気に取られるくらい機嫌が悪いじゃないか。眠気に負けて無視した時の反応にしては何だか様子がおかしい。何だあれ……と思いつつ自分も起きてベッドから抜け出した。
 テーブルには早々に2人分の朝食が並んでて「スープのお湯も沸かしてるから」と不機嫌顔のチリちゃんがケトルを指す。それをカップに注いで席に着くと、ご機嫌ななめでもわたしの準備を待っててくれたチリちゃんも食べ始める。
 けれどいつものような会話は全然なくて嫌に大人しい。今日は買い物をしたり映画を見ようと言ってたけど、チリちゃんがこんな調子じゃ楽しむどころかお出かけ自体がどうなるだろう。

「ねぇどうしたの」

 向かいに座ったチリちゃんを見る。トーストを齧る音がして視線が返ってきた。

「……別に、なんも」
「じゃあ何で怒ってるの」
「!! 別にっ…怒ってなんかおらんわ」

 ぷいっと逸らされた視線は湯気の立つマグカップに向けられ、まだ熱々だろうコーヒーをぐいっと飲み込んだ。けれど案の定流し飲むには熱かったみたいで、平気な顔をして飲んでいるけどかなり無理はしていそうだ。
『口喧嘩でも負けません!』なチリちゃんが拗ねて何も言わない時はちょっと面倒くさい。原因が分かっていたらまだ対処のしようがあるんだけど今回はさっぱりだから尚さら面倒くさい。
 一体全体どうしたらいいんだろう。ふうふうとスープを冷ましながら考える。
 と、その時チリちゃんが口を開いた。

「やっぱ自分…、」

 ばっ、と顔を上げて続きの言葉を待つ。けれどすぐに言い淀んで言葉が途切れる。わたしはカップを置いて「なに?」とチリちゃんを見つめる。5秒、10秒と沈黙が流れてようやくチリちゃんが口を開く。

「男の方が、ええん……?」
「おと……えっ? 何の話?」
「だ、から…ッ、男の方がええんかって聞いとんねん!」

 チリちゃんには珍しく自信のない目をしていて、それが怒りを含んでわたしを睨み付ける。
 大変な事になった。チリちゃんの怒りの原因が、そもそも何の話をしているのか全く分からない。
いや、分かる。チリちゃんとのお付き合いの事を言ってることぐらい分かってる。分からないのは昨夜もバカップルよろしく存分にイチャイチャしてぎゅっと抱き合いながら仲良く眠りについたのに、一体どうして急にそんな事を言い出したのかってことた。それを言い出すにはあまりにも不自然なタイミングだから。
 訳が分からず眉を顰めるとそれが却って刺激してチリちゃんがわなわなと震え出した。でも本当に分からな──

「××先輩って誰やねん」
「ん、え?」
「寝言で何遍も嬉しそうに言うとった××先輩て何処の男や!」

 ……え? それ? そんな事で朝から怒ってたの?
 怒気を孕んでうっすら赤くなったチリちゃんの顔を見つめぱちぱちと瞬きする。

「そんな事って何やねん! 大問題やろ! アホ!」

 慌てて口を押さえる。思わず口に出ちゃってたらしい。でもだって、その怒りはあまりにも、あんまりにも的外れなんだもん。
 ふうーっと息を吐いて「それ、」チリちゃんを真っ直ぐ見つめる。

「最近見てる動画のオラチフだよ」

 ほら、とスマホロトムを差し出してとあるチャンネルを見せる。ずらりと並んだサムネにはどれも大柄なオラチフがでかでかと写っている。これが、××先輩だ。

「えっ、あ、えっ? いやいや!…………えっ?」

 困惑するチリちゃんの目の前で再生した動画のオラチフには『××先輩』とテロップがついている。チリちゃんが目を丸くしてスマホロトムとわたしを交互に見つめて口をぱくぱくさせている。

「そういえば夢におっきい××先輩が出てきた気がするから……その時の寝言かな」

 今となっては辛うじてオラチフを見た事しか覚えてないけれどそれだけは間違いない。それに××なんて名前の知人はそのオラチフしか居ない。

「心配ならスマホロトム見る?」
「なっ……いやっ、ええよ、ええって!」
「いやでも疑われたままなのは」
「ええねん、もう分かったから……ちょっ、いらん言うてるやろ!」

 身の潔白を示したくて押し付けたスマホロトムがべちんっとはたかれる。その拍子に寝坊助なロトムがやっと目覚めてリビングへと逃げていった。

「潔白の証拠……」
「もうええから! はよ朝ごはん食べや!」

 チリちゃんは湯気の収まりつつあるコーヒーをぐいっと飲み干すと「そっちの皿もうええやろ」とわたしのお皿も一緒にシンクへと持って行く。残ったスープを飲みながらその背中を見つめていると「…ふっ、ふふっ…、あははっ」早とちり暴走チリちゃんに思わず声を出して笑っていた。