夢主のシャリタツがチリとお喋りをする。 ※シャリタツ視点
その日のシャリタツはすこぶる調子が良かった。今なら何でも出来そうな気がするほどに調子が良かった。 「オレ スシー」 まずは準備運動がてら言い慣れた言葉を発する。シャリタツはスシが何か知らなかったが湖で暮らしていた時の仲間たちもそう鳴いており、それを言うと主人も喜んでくれるので今もなお口癖のように唱えていた。 今シャリタツの目の前に居るのは主人ではなく彼女のトモダチだが、彼女もまたシャリタツがヒトの言葉を真似ると大きな声で笑って喜んでくれる。だから今日は特別に違う言葉を言ってみよう。シャリタツはいつもと異なる口を作って腹から声を出した。 「シリチャン」 「んー、おしい!」 喉の調子も発声も完璧だったが違ったらしい。主人のトモダチは拳を振って悔しそうにしている。シャリタツは手本を寄越せと言わんばかりにトモダチを見上げる。トモダチは一音ずつゆっくりと口を動かした。 「チ、リ、ちゃ、ん。チやチ!」 トモダチが何度か繰り返してくれたお陰で自分の間違いがよく分かった。シャリタツは今度こそ正しく彼女の名前を呼ぶ。 「チリチャン」 「せや! やるやん自分!」 チリチャンが嬉しそうに笑う。シャリタツは得意げにもう三度ほど繰り返した。 残念な事にシャリタツは主人の名前が分からない。正確に言えば聞いた事はあるのだが覚えて呼べるまでには至っていない。それは主人がシャリタツに名前を呼ばせようとしないからで、名前を聞く機会が滅多にないせいだ。 その一方でチリチャンの名前は主人からよく聞いた。主人はチリチャンがお気に入りで、暇さえあればシャリタツに彼女の話をした。だからシャリタツは主人の名前より先にチリチャンの名前を覚えたのだ。 「次は{{kanaName}}の名前も覚えたってな」 手袋をした手がシャリタツを少し大雑把に撫でる。小さいシャリタツは押しつぶされそうになったが何とか踏ん張った。 チリチャンはぐりぐりと撫で終わると「きみの触り心地、ちょっとドオーと似てんな」主人がシャリタツを撫でた時のような顔になった。アイジョウのある顔だ。 ポケモンにアイジョウのあるヒトは良い人だとシャリタツは知っている。自分の主人がそうであるし、時々出会う主人の仲間もそうだから間違いない。そしてシャリタツはそんな良い人達が大好きだった。 ならば、今まで主人と何度も練習したあの言葉もついでにお披露目してもいいんじゃないだろうか。最初の相手は主人がよかったけど、生憎主人はシャリタツ達のおやつを準備している最中だ。主人には後で言おう。 「チリチャン、スシー」 「いや、チリちゃんは人間やで」 しかし先程と同じく一度では成功しない。どうしても言い慣れたスシに引っ張られてしまう。 「スシー」 「ちゃうちゃう」 「スシー?」 「それはどっちかと言うときみの方やで」 「チリチャン」 「そうそう、チリちゃんはチリちゃんや」 一度違う言葉を挟めばどうだろうか。シャリタツは気持ちを切り替えるようにチリチャンの名前を呼んだ。今ならいけそうな気がした。シャリタツはぐっと腹に力を込めて声を出した。 「チリチャン、スキー」 「ぇえっ!」 会心の一撃への反応は、なぜか背後からの困惑の声だった。シャリタツが振り返るとそこには主人が立っていた。けれどどうしてそんなに驚いているんだろう。そうか、ちゃんと聞こえていなかったんだ。シャリタツはもう一度、今度はより自信を込めて繰り返す。 「チリチャン、スキー!」 その瞬間、主人の顔がシャリタツよりも赤くなる。そして逃げる先を探す仲間のように目を泳がせ、敵が興味を失うまで息を殺して耐えていたかつての自分のように俯いてしまう。 「スキー?」 声を掛ける。でも主人から返事はない。チリチャンを見上げる。シャリタツの体に似た色の目が大きく開いて主人を見つめていた。 「チリチャン、スキー?」 シャリタツの声に反応してチリチャンがこちらを見下ろす。一瞬、見間違いかと思うほど鋭い視線がシャリタツを襲ったがそれはすぐに笑顔へと変わる。 「アッハッハ、チリちゃんもスキーやで。でも悪いけどこっから大事な話やねん、ちょっと大人ししとき」 チリチャンが椅子から立ち上がる。そしてかなしばりにあったように固まる主人の腰からボールを拝借すると、シャリタツへ向けた。まずい、ボールは嫌だ。シャリタツはテーブルの上でじたばたと逃げ場を探す。けれど隠れる場所はどこにもない。 「オ、オレ、スシー!」 しかし必死の叫びもむなしく、チリチャンはシャリタツをボールへと戻した。 それからしばらくして、シャリタツはようやくボールから出してもらえた。しかし窓の外はすっかり暗く、チリチャンの姿もなくなっている。もっと遊びたかったのに、としょげていると主人がシャリタツの名前を呼ぶ。見上げると怒って赤くなった顔がシャリタツを見下ろしていた。 「どうして先に言っちゃうの……」 「スシー」 「今まであんだけ練習しても言えなかったくせに」 「スキ?」 「もう……。わたしもスキだよ、ばか」 シャリタツに目線を合わせてしゃがんだ主人が手を乗せる。その撫で方は今日のチリチャンのように少し乱暴だったけれど深いアイジョウを感じるものだった。