気張って待ってろ

テーブルシティでチリと同棲してる夢主が年末にピケタウンの実家に帰省する

 今年の年末年始は実家に帰るね――チリちゃんにそう伝えたのは数週間前のことで、その時の彼女は「ゆっくりしておいでな」と垂れた瞳でにっこり微笑んでいた。リーグは年末もギリギリまで開いているらしく、チリちゃんいわく「自分の事構ってあげられへん」からむしろわたしの帰省は喜ばれてしまった。
 そういう訳で今年最後の一日を実家のリビングで過ごしていたらスマホロトムが「チリから電話ロト!」とぴょんっと浮かび上がった。時間は夜の11時を過ぎていて、きっと帰り道に電話してきたんだろう。こんな遅い時間までリーグは大変だ。わたしは家族の好奇の視線から逃げるようにリビングを出て自分の部屋へと戻る。そして誰もついて来てないのをしっかり確かめてから電話に出た。果たして電灯の少ない道を歩きながらチリちゃんは電話を掛けてきていた。チリちゃんは少し疲れの見える顔で笑っている。

『一年の終わりくらいリーグの事なんか忘れてゆっくりしたらええのになあ』

 スマホロトムの中でチリちゃんが大きなため息を吐いた。その息が白くなる。実家のあるピケタウンも今日は一段と寒かったけれどテーブルシティもずいぶん冷えたみたいだ。厚手のコートを着込んだチリちゃんが背中を丸めて寒そうにしている。

『しかもえらい寒いし、ほんまやってられんわ』
「そっちも寒そうだね」

 ぐるぐる巻きにしたマフラーを鼻の辺りまで引き上げたチリちゃんが視線をスマホロトムから道へと下げる。ロトムが彼女の視線に合わせて動いて、うっすらと雪の積もった道路を映した。テーブルシティでも雪が降ったなんて、今日はパルデア全域がとびきり寒いのかもしれない。

『あー……、まあ、そう、やなあ』

 ロトムがカメラレンズをチリちゃんに向ける。けれどチリちゃんはなぜか視線を逸らす。言葉も変に濁しているし、どうしたんだろう。ロトムも不思議がっているようで、ぐるぐるとチリちゃんの周りを一周すると、チリちゃんの背後に転がるアノクサにレンズを向けた。テーブルシティ周辺では滅多に見掛けないから気になったんだろう。アノクサは土を均しただけの造りの簡単なバトルコートの傍を風に任せて転がっている。そう、テーブルシティにある整備されたバトルコートではなく、ピケにあるようなバトルコートの傍をアノクサは転がっている。

「チリちゃん? 今いるその場所って……」
『ちゃっ、ちゃうねん! まあ聞いてや{{kanaName}}!』

 赤い瞳を大きく見開いてチリちゃんが慌てている。寒いからとポケットに突っ込んでいた両手も外へ出してわたわたと動かし、聞いてもいないのに必死にピケタウンに居る理由を矢継ぎ早に説明し始めた。

『ナンジャモがまたやらかしてな、ハッコウシティまでわざわざ出張することになってな。それで近くやしってついでにピケに寄ったんや』

 チリちゃんいわく「ほんまアイツ、いっつも勝手しよる」からリーグ側の雑務が増えるんだとか。この前は稟議を通さずバッジのデザインを使ったグッズを作ったとかでチリちゃんがひどく怒っていた。だから一年の最後の最後でまたナンジャモちゃんが『やらかす』のは大いに有り得ることで。
 けれどわたしは偶然ついさっきまで彼女の配信を見ていた。もしそんな事があればナンジャモちゃんは必ず言う。でも彼女は一切そんな話をしなかった。無事に今年を乗り切ったと得意げな顔をして投げ銭を受け取っていたのを覚えている。だから今の話はチリちゃんのウソだ。

『だー! 嘘や嘘! 分かったらそんな目で見んといてえな!』
『ロ、ロトト!』

 嘘つきチリちゃんを白い目で見つめていたら、チリちゃんが頬を赤くしてスマホロトムを鷲掴みにした。ロトムが驚いて可哀想な悲鳴を上げ、次の瞬間、画面が真っ暗になった。チリちゃんがレンズ部分を手で覆い隠してしまっていた。
 突然の事にスマホの中のロトムも驚いてじたばた暴れるけれど、チリちゃんの力が存外強くて抜け出せない。真っ暗でもわずかに揺れていた画面が抵抗をやめて動きをなくす。しばらくして、真っ暗な画面から力ない声が聞こえてきた。

『今日も家帰っても独りやと思ったらタクシー乗って此処に来てたんや……』

 チリちゃんは『あーもう、最悪や』といつになく弱々しい声を出していた。数週間前の快い返事をしたチリちゃんはどこにもいない。いつもわたしをからかって余裕ぶって笑うチリちゃんもいない。本当に今わたしと電話をしているのはチリちゃんなんだろうかと怪しくなるくらい、初めて知るチリちゃんだった。なぜか胸がざわついてくる。

『ほ、ほなこっちはテキトーにぶらぶらしたら帰るさかい、{{kanaName}}も良いお年を、や』
「待ってチリちゃん!」

 ピケタウンは他の街に比べて小ぢんまりとした、いわゆる田舎町でテーブルシティのように夜を過ごせる場所は少ない。かと言ってこんな真夜中だとタクシーも拾えないからテーブルシティにも帰れない。数少ないホテルも空室があるか分からないし、今日はとびきり寒くて外で一晩過ごすなんて以ての外で。
 わたしは今にも電話を切ろうとしてるらしいチリちゃんを慌てて呼び止める。

「風邪引いちゃうし、うちに泊まったらいいじゃん」
『は、自分何言ってん――』
『ロトトトトー!』

 その時だった。それまで大人しく囚われていたロトムが一瞬の隙をついてチリちゃんの大きな手から抜け出した。画面の暗闇が星が沢山浮かぶ夜空へと変わる。ロトムはスマホの無事を確認するようにくるんと一回転すると、つい今し方まで役目を果たせていなかったレンズでチリちゃんの姿を大きく映した。画面いっぱいにチリちゃんが表示される。
 マフラーで顔の半分が隠れていた。それでも僅かに見える耳は真っ赤で、隠し損ねたほっぺたもチークではない赤で染まっている。普段はキリッと天を向く眉も困ったように眉間にしわを寄せて八の字に下がっていて、真紅の瞳は寒さのせいか恥ずかしさのせいか涙で潤んでいる。
 わたしの知らないチリちゃんが――その可愛さに思わず胸がキュンとしてしまったチリちゃんが、レンズ越しにわたしに捕まって必死に視線を逸らしている。

「今すぐ迎えに行くからそこで待ってて」
『いやや、今は無理や!』
「でもチリちゃんが風邪引いたら困るもん」
『ほんまに来んでええから!』

 いつも「トップの無茶ぶり…ってか理詰めで駄々こねてくんのホンマかなんわ」と言ってるチリちゃんが今、まるで子どものように駄々をこねていた。今日のチリちゃんは本当に彼女らしくない。たった一日家を空けただけでこんなにも可愛くなるなんて、本当にらしくない。いつもわたしの事を子どもだとか甘えただとか言うチリちゃん本人こそ、とんだ甘えん坊で寂しがり屋じゃない。こんなの、今すぐ迎えに行って抱きしめない恋人がどこにいるんだろう!
 わたしはチリちゃんのスマホロトムに絶対に電話を切らずにその場でチリちゃんと待機するようにと伝えると、大急ぎでコートを羽織ってマフラーを巻いて玄関へと向かった。そんなわたしに両親が何事かと尋ねてくる。その瞳は好奇心で爛々と輝いている。ブーツのファスナーを上げながら上手い言い訳を考える。

「近くに友だ……」

けれどここで嘘をついても今のチリちゃんはどう見たってただの友だちには見えない。言い直す。

「彼女がこっちに来てるから迎えに行ってくる」

 きっとチリちゃんは「ご両親への挨拶とかいきなり無理やわアホ!だから気にしやんでって言うたのに!」と怒るんだろうけど、あんなに可愛い一面を今の今まで隠してたチリちゃんが悪いのだ。
 最後にお揃いの手袋をはめると、チリちゃんの待つバトルコートへと走り出した。