チリに普段とは異なる色のマニキュアを勧める ※普段からネイルをしてる設定です
「この色、チリちゃんに似合うと思うんだ」 夜も更け何となく人肌恋しくなって、大きめのソファだったけれどチリちゃんの隣にぴたりとくっついて座っていた時のことだ。マニキュアを塗り直そうとしていたチリちゃんに買ったばかりのマニキュアを差し出す。興味を持ってくれたチリちゃんが眼鏡のブリッジを指で押し上げてそれをつまみ上げた。 「へー、『ビバマゼンタ』っちゅう色なんや」 「綺麗な色でしょ? たまには違う色も使ってみない?」 しげしげと眺める目付きは値踏みするようにマニキュアを見ていたけれど、やがて口角がにっと上がって笑顔になる。どうやら気に入ってくれたらしい。 それはいわゆる今年のトレンドカラーで、落ち着きのある赤紫色はどことなくチリちゃんの瞳の色に似ている。普段は手袋をするから隠れてしまうけれど、手袋を取った時にその色が見えたらきっと素敵だろう。色素の薄い指先を彩るマゼンタを想像するだけでわたしの胸はドキドキと高鳴ってゆく。 「{{kanaName}}がそう言うんなら塗ってみよか」 ピンと伸ばした左手の人差し指が鮮やかな赤に染められる。決して珍しい光景ではないのに、塗る色が変わるだけで目が離せない。綺麗に塗られてゆく爪を、息を潜めてじっと見守る。 丁寧に、それでいて手際良くマニキュアが塗られてゆく。あっという間に左手の爪全てに色が乗り、チリちゃんは出来栄えを確認するように左手を目の前にかざすと「ええ色やな」ふっ、と息を吐いた。 「{{kanaName}}も塗ったらどうなん? 人に言う癖に自分もいつも同じ色ばっかやん」 チリちゃんの隣でぴったりとくっついていたわたしは、突然ビバマゼンタの爪に自分の爪をつつかれてびくりと体を揺らしてしまう。そんなわたしに「何やねん、驚きすぎやろ」とチリちゃんが呆れたように笑って、わたしも誤魔化すようにあははと笑う。 「気付いてたんだ」 「そりゃあ、可愛い可愛い彼女の事はつむじから爪先までしっかり記憶してるやろ」 にい、といたずらっぽく口角を上げるチリちゃんがわたしの方へ体重を掛けてくる。そうしてわたしの肩に頭を乗せて「同じにせえへんでええの?」四天王のチリちゃんをしている時よりずっと甘えた声で訊ねてくる。 普段はそこらの男の人より何倍もかっこいいくせに、こういう時はとびきり可愛くなるからチリちゃんは厄介だ。可愛すぎて何でも言う事を聞いてあげたくなる。現に今もチリちゃんとお揃いにしちゃおうかな、とわたしの心はぐらぐらと大きく揺れている。 「そんな悩む事でもないやろ」 それは確かにチリちゃんの言う通りで。けれど最近気に入って使ってるこの色は――チリちゃんに勧めたビバマゼンタと同じく赤系統で、茶色みがかった落ち着いた色をしたこのマニキュアは、わたしにとって特別なもので。それにいくらチリちゃんの方は手袋で隠れてしまうとはいえ、お揃いというのは気恥ずかしさを感じてしまうし、暇さえあればその爪を見てニヤける自分が容易に想像出来てしまう。だから、 「わたしはこれでいいの」 とても惜しい気もしたけれど、今日はチリちゃんの提案を断った。チリちゃんがもたれていた体を起こし、新しく色を塗った自身の左手とわたしの爪を見比べてふぅんと小さく頷いた。なぜだろう、チリちゃんの視線が少し鋭くなった。 「そんなに気に入ってんのや『チリ』の事」 「えっ? なっ…、何の、こと?」 レンズの奥で深紅の瞳がにこりと微笑む。含みを持った笑顔に思わずわたしは両手を背中へと隠す。けれどチリちゃんの瞳はわたしの一挙一動漏らさず見つめていて、ますます笑みを深めてゆく。 「自分はええなぁ、『チリ』があって。どっかに『{{kanaName}}』ってマニキュア売ってへんかなぁ」 「チ、チリちゃん! 一体何の――」 「せやから言うたやん、可愛い可愛い彼女のことはよう見てる、って」 それは本当に偶然見つけたマニキュアだった。何て色だろうと名前を見たら『チリ』と書いていて、脊髄反射のごとくレジへ向かって迷わず買っていた。塗ってみるとチリちゃんにも良い色だと言ってもらえてますます気に入って、最近はずっとこの色を使っていた。 でも名前のことがバレるのは恥ずかしいから、チリちゃんには絶対に知られないよう気を付けて隠していたのに。チリちゃんも特別興味を持った素振りは見せなかったから大丈夫だと思ってたのに。それなのにこっそり調べてたなんて! 「あーもう、そんな拗ねんでええやん、ほんま自分可愛いなぁ」 チリちゃんが背中に隠した両手を掴んで前へと引っ張り出す。でも恋人の名前を冠したネイルを見られるのがたまらなく恥ずかしくて慌ててぎゅっと握りこぶしの中に隠す。その様子をまじまじ見つめていたチリちゃんは顔いっぱいに笑みを作った。 「なぁ{{kanaName}}、もういっぺん聞くんやけど、」 不意に視界が暗くなる。わたしに覆いかぶさったチリちゃんの体で、部屋の明かりが隠れていた。目の前のチリちゃんも影を背負い、普段ならもっと明るく鮮やかに見える瞳が落ち着いた雰囲気を纏う。 ――あっ、 ビバマゼンタとどことなく似ていると感じたのはこの瞬間の瞳だったんだ。マニキュアを見付けた瞬間に覚えた妙な高揚感を思い出して納得する。恥ずかしさを紛らわす為に余計な事を考えるのも、たまには意味ある思考をするらしい。 「チリちゃんとお揃いにせんでええの?」 艶やかな赤で彩られた指先がわたしの頬を撫で、艶やかな赤の瞳がゆっくりと細められる。一体誰か抗えるんだろう。わたしが熱い吐息と共に「する」と一言答えると、チリちゃんは「後で綺麗に塗ってあげような」満面の笑みを浮かべた。文中に出てきたマニキュアの元ネタはジーニッシュの『チリ』で、素敵な色をしています。ぜひ調べてみてください!