潮騒の撫でる恋

ウォロと群青の海岸を探索する調査団員夢主

「アナタのお役に立ててジブンも光栄です」

 此処は群青の海岸。白い砂浜が緩い弧を描き、北東の岬からは雄大なヒスイの海が一望出来る。燦々と降り注ぐ陽の光は心地良く、防寒性能の高い調査隊服にはじわりと汗が滲んでいる。
 隣を歩くのはイチョウ商会のウォロ、今回の任務に協力してもらう為に同行して貰っている。普段のギンガ団ならこんな事滅多になく、つまり今回は特別な任務という事で。呼び出された時はどんな任務を命じられるのかひどく緊張した。
 今はまだ先の話だが、いつかコトブキムラ以外に集落を作る際の参考にする為群青の海岸を調査せよ――それが特別な任務だった。少し拍子抜けしたのは言うまでもない。
でもそれなら普段のポケモン調査で併せて報告される情報で事足りそうで。どうしてわざわざ改めて任務を、しかもイチョウ商会の助けも借りてまでするんだろう。
 わたしが首を傾げていると隊長が言葉を続ける。
 イチョウ商会の人間が同行するのは、商会独自のポケモン分布の情報やムラを興すのに適した立地を教えてもらう為、なんだとか。でもよくよく聞けばそれは体のいい建前で、本当はイチョウ商会が商品調達に使っているルートを勝手に共有させて頂くのが目的だった。確かに安全な道はどれだけあっても困らない。
 地図を広げながらウォロの後ろをついて行く。この人は本当に商会の人間なのか、思いがけない場所で出くわす事が多い。シンジ湖の畔に佇んでいたり、ズイの遺跡近くの壊れた建造物を撫で回していたりと、出会う場所が他の商人とは違いすぎる。商人というよりわたし達調査隊のように、商売に無関係そうな場所でばかり出会う。
 そんなウォロがこの要請を引き受けてくれたのは少し意外だった。安全な道を通る事になるとは言え言え危険がない訳ではない。特別彼の興味を引く内容でもない。
 シマボシ隊長にも駄目元で「同行者は知り合いの商人が良い」とウォロの名前を出したから、まさかそのお願いが通るなんて驚いてしまった。何か裏があるに違いない、わたしは前を歩くウォロを睨み付ける。ウォロが振り返る。

「{{kanaName}}さんはジブンと同じく遺跡好きですからね、困っていたらお互い協力しましょう」

 別にわたしは特別遺跡が好きな訳ではない。ポケモンを調べるには生息地の事も知る必要があるから、遺跡の様子なども書き留めていく内に他の団員より少し興味を持った程度だ。遺跡を見付けたら嬉しくなるけれど、ウォロのように遺跡を目的にはしていない。あくまでポケモン調査のついでだった。
 それでも、そのお陰で彼はわたしを見つける度に大きな声で呼び掛け、ある時は出迎え、そして少し同じ道を歩けるのだから、ヒスイに数多く残る遺跡にはどれだけ感謝しても足りない。

「ジブン、この辺りにはまだ発見してない遺跡が残っていると踏んでいます」

 いつの間にか隣に並んでイチョウの浜辺を歩くウォロが口を開く。今はその話でなくて安全な道やベースキャンプを構えるのに適した場所について語り合いたいのだけど、一度話し始めたウォロは気の済むまで止まらない。話の腰を折ろうとしても勝手に話を続けてしまう。わたしは早々に諦めて耳を傾ける。

「コンゴウ団やシンジュ団がヒスイに渡るその前に住んでいた人々は、今ジブン達が暮らすより遥かに色々な場所で生活していたようです。だから例えば、海。何か残っていても不思議はありません」

 もっともな指摘だ。わたしはウォロにならって海へ目を向ける。地震や火山噴火で大きく陸が動く事もあるらしい。今目の前に広がる海も、かつては陸地だったかもしれない。或いは本当に海の中で暮らしていた可能性だってある。海の底に眠る古代の遺跡、ウォロほど熱を入れていないわたしの心でもワクワクしてくる。

「ですので{{kanaName}}さん」

 品の良い顔が海からわたしの方へ向く。鈍色の瞳がまっすぐに見下ろしている。

「調べ――」
「駄目です」
「せめて最後まで言わせてください!」

 澄ました顔が気色ばむ。しまったと後悔しても時すでに遅し。足を止めたウォロは表情こそ穏やかさを取り戻したものの、わたしを見る瞳はギラついてる。

「いいですか{{kanaName}}さん、ジブン達は今、群青の海岸を調べる為にやって来てるのです。海も調べるのが当然ではありませんか。むしろ海を調べずして群青の海岸の何を調べたと言えますか」

 これがいつもの調査隊の任務ならウォロの言い分も分かる。でも今日わたし達が此処へ来たのは商会の持っている情報を元に周辺の地形やポケモン達を調べる為、わざわざ調査隊が未調査の場所に行く必要はない。
 けれど、わたしの冒険心がウォロの言葉に賛同して海の方を調べようと騒ぎ出す。

「ですがジブンには海を調べる術がありません。{{kanaName}}さん、アナタはどうですか」

 シマボシ隊長にも内緒のポーチの中のポケモンボールまで揺れたような気がする。

「今日の目的の、岬の確認が先です」
「あの切り立った崖、海面近くに洞のようなものが見えますよ。自然に出来たにしては怪しすぎませんか?」
「でもまずは――」
「{{kanaName}}さん、この前お買い上げ頂いたハイパーボールはどうされました?」

 わたしはウォロと違って自分の感情をうまく隠し通せない。思わずポーチへ視線を動かしてしまった。はっとして視線を戻したらひどく上機嫌な笑顔のウォロがいて。
 今回の任務は比較的簡単ですぐにムラへ戻れると思っていたのに。ああ、もう。ウォロと会うといつもこうなる。振り回されてしまう。吐き出した溜め息は、海から吹く風にあっという間に攫われた。

***

「それなら、こちらでどうでしょう」
 うるさいウォロを、それでも何とかやり過ごせないかと知恵を絞った結果が「丈夫な綱を持っていませんか」という質問だった。ウォロなら品切れと言うはずだった。
 だってウォロときたらイチョウ商会の人間なのに、この前紅蓮の湿地で出会った時にオレンの実を切らしていたのだ。にっこり笑って「品切れです」と言い切った姿には今思い出しても呆れてしまう。そんなウォロだからこそ、綱なんて持っていない、そう思ったのに。

「オレンの実は本当に偶々切らしていたのですよ。アナタの直前のお客さまが大量にご入用だったのです」

 絵に描いたような綺麗な笑顔を浮かべるくせに、ウォロは嫌に偶々を強調して言った。これでこの話は終いだと笑顔が言っている。

「それで、一体この綱で何をするのですか」

 受け取った綱の両端を持って引っ張る。しっかりと編まれた麻の綱はそう簡単に切れる事はなさそうだ。わたしはその端を括って綱の輪を作ると、

「こうするんです」

 ポーチからポケモンボールを取り出して浜辺から波間へ放った。
 ポンッとボールが開いて中から光と共にポケモンが姿を現す。横長の体はわたしが横になっても充分余裕があって、長い尾びれはゆらゆら揺れるリボンのよう。マンタインはつぶらな瞳でわたし達を捉えると、挨拶代わりに高く飛び跳ねた。
 驚くウォロに少しだけ胸がスッとする。いつも振り回されてばかりだから偶にはこんな事があってもいいだろう。
 顔に出ないようにきゅっと唇を結んでマンタインへ近付く。通常より少し大きい個体だからまだ怖くて本当は近寄りたくないのだけど、こればかりは仕方がない。わたしはマンタインの開けた口に綱を掛ける。簡易的な手綱だ。

「なかなか面白い事を考えますね。アナタなら簡単に唆させる……ジブンの提案を受け入れてくれると思っていましたが、まさか本当に海を渡る術もお持ちとは!」

 聞き捨てならない言葉が聞こえたけれど、聞き返した所で有無を言わせない笑顔は何一つ取り合ってくれない。癪ではあったけれど、先にボロを出してしまったのはこちらだ。今回は仕方がない。

「では早速行きましょう」

 手網を持ってマンタインの背中へ乗る。座るより立つ方が体勢を整えやすいから肩幅程に足を開いた。わたしの後ろにウォロが同じように立つと、マンタインは両のヒレをムクホークの翼のように羽ばたかせて海面を進み始めた。



「それにしても、アナタがこんなマンタインを捕まえていたとは、ジブン驚きました。{{kanaName}}さん、ポケモンの捕獲は苦手と仰っていましたので」

 ウォロと話をする機会は今まで何度かあったけれど、彼がわたし自身へ興味を持つのはそれ程多くはない。いつだって出会った場所周辺の情報や見つけた遺跡の話ばかり、互いの事は話さないから交わす言葉は多くともわたし達はの関係を友人と呼ぶのは違うような気がしている。
 だから、その言葉は嬉しかった。内容はどこか小馬鹿にされているけれど、話のきっかけなら甘んじて受け入れよう。

「怪我をして浜の方まで流されていたんです」
「手負いのポケモンは危険ですものね、倒せないから捕獲したという事ですか」

 ウォロがひとり納得するのを「違いますよ」首を後ろへ回して否定する。けれど背中にぴったりとくっつくように立つからウォロの顔は見えない。足元がぐらつき、仕方なく前を向く。

「手当ての為に捕獲したんです。他のポケモンに襲われたら助からないと思ったから」

 出来る限りマンタインから離れて、ここぞと言う時の為に奮発したハイパーボールを投げたらマンタインは大人しく捕まってくれた。捕獲するとポケモンは大人しくなるから急いで傷薬で手当てをして、体力が回復するまでしばらくボールの中に入れていた。そうしたらマンタインが懐いてしまって逃がす事も出来ず、かと言って捕獲してから日にちが経っていたから報告もしづらく今に至っている。

「{{kanaName}}さんは…、お優しいですね」

 そう呟いたウォロは、わたしの腰を掴む手を僅かに力ませる。肩だと大きくバランスを崩した時に危ないからと腰を掴んでもらっていたのだけど、そんな事をされると変に意識をしてしまう。
 やっぱりウォロを前にするべきだった。わたしの視界を遮るのは良くないとか、彼の荷物のせいでマンタインの後ろの方に乗る事になるから危ないとか、何かと理由を付けられ断られたけど、それでもわたしが後ろになるべきだった。海を渡る高揚感とは別の感情が、わたしの鼓動を加速させていく。

「ウォロでも同じ事をしたでしょ」

 手綱をぎゅっと握って早鐘のような鼓動に知らん振りをして、そうして返した言葉は少し早口になっていた。でも、返事はすぐに返ってこない。

「ジブンはただの商人、それは{{kanaName}}さんのお仕事ですよ」

 先程の失敗を踏まえてぐっと顔を上げて振り返る。後ろではなく空を見上げるようにすると、愛想だけは良い笑顔と目が合った。
 手を伸ばせば触れる事も出来るのに、ひどく遠い存在に見えた。透明の膜に覆われたウォロは、その心の一片も見せてはくれない。わたしだけが心を揺らしている。

「{{kanaName}}さん、ちゃんと前向いてマンタインを動かしてくださいな。ジブンこんな荷物ですから、海に落ちたら沈んでしまいます」

 本当に自分勝手な人。海に落ちてしまえばいいのに。そんな悪口めいた言葉が喉まで込み上げる。けれど実際のわたしは溜め息を吐いて少しだけマンタインの速度を速めるくらいしか出来なかった。

***

「あそこですよ!」

 崖に打ち寄せる波の一部がそこだけ静かだった。目指していた洞らしき場所だ。先日見つけた象形文字について熱く語っていたウォロが気付いて声を上げる。

「ほら{{kanaName}}さん、あそこです!」

 まだ遺跡自体を見付けた訳でもないのに、ウォロはすっかり興奮していた。落ちないようにとわたしの腰を持っていた手を離し、洞の方を指差す。途端、波のせいかウォロの大声に驚いたのか、マンタインの体がぐらりと揺れる。

「おっと!」

 しがみつくように咄嗟に背中から回された腕が、揺れに耐える為腹の辺りを圧迫する。あまり聞かれたくない声が漏れる。昼食前で良かった。食後なら今ので戻していたかもしれない。情緒も何もない。
 こういう時はもっと恋心を擽るような、抱きしめるような体勢になるものだと思っていたのに。またひとつ溜め息が零れる。
 ムラの外は危険なポケモンも多くて一瞬も気が抜けず、おまけにわたしに何の関心も寄せてくれてない相手だとしても、こうして二人で行動すれば何か一つくらい心躍る事があってもいいじゃない。そう思ってほんの少し期待を込めてウォロにお願いしたのに、ウォロは今日も相変わらず遺跡にしか目を向けていない。

「失礼しました。大丈夫ですか? 大丈夫そうですね。さあもう直ぐそこですよ」

 それでも、こんなにも自分の勝手を押し付けるこの人を仕方がないと許してしまうわたしがいる。慣れないマンタインの操作に苦労しながらもその場所を目指した。



「洞ではなく抜け穴のようですよ」

 ようやく其処へ辿り着くと、洞ではなく彼の言う通り岬を挟んだ反対側の海まで通じたトンネルのようだった。日は差し込んでおらず少し薄暗い。もしここで気性の荒いポケモンと出くわすとかなり危ないだろう。けれど、

「明かりならならお任せ下さい。ジブン、こんな事もあろうかとランタンを持っています」

 そんな可能性の話でウォロが止まるはずもない。何も出て来ない事を、出て来たとしてもわたしのムックルで何とかなる事を願うしかない。
 歩く程の速さで洞窟を抜けていく。蛇行しているものの今のところは一本道だった。手を伸ばして岩肌を触ってみる。あまり詳しくはないけれど人の手が加えられた様子は見当たらない。これはもしかして。
 ちらり、壁の方へランタンを掲げるウォロを見やる。その横顔は髪で隠れて表情は伺えず、彼が今何を思っているのかさっぱり分からない。けれどウォロだって収穫はなさそうだと気付いているだろう。残念がる彼を思い浮かべて胸が痛む。
 群青の海岸にウォロの知らない遺跡や遺物はあっただろうか。わたしの知っている場所を思い出そうとするけど良い場所が思い浮かばない。胸の痛みが強くなって自然と顔が険しくなってしまう。

「そう上手くは見付かりませんか。ですが{{kanaName}}さんがポケモンで海を渡れると知れたのは大収穫です。調べたい場所はまだまだありますよ」

 不意にウォロが首を振ってこちらを見た。やや眉が下がってはいるものの心配した程落胆はしていない。それ所か瞳はきらりと輝いている。黒曜の原野で見付けた鉄の塊がちょうど太陽の光を反射してこんな風に光っていたのを思い出す。わたしの眉間の皺も薄れていく。

「例えば黒曜の原野にある……」

 ランタンの炎が鈍色の瞳の中で揺れている。その瞳はわたしを越えてその後ろへと注がれていた。なに、と振り返ってウォロが一心に見つめていた辺りに目を向ける。
 そこに、象形文字があった。

「ありましたよ!」

 突然の大声にわたし達を乗せるマンタインがまた驚いてぐらりと揺れる。急いでマンタインを落ち着かせてしばらく止まるようにお願いをすると、ギラギラと瞳を輝かせるウォロと同じように目の前の岩肌を見つめた。
 他の場所にあるように所々風化で掠れてしまっていたものの海水に侵食された様子もなく、読み取るには充分だ。残念ながら解読は出来ていないから今ここで何と書かれているかは分からないのだけれど。その時、

「少し預かっててください」

 すぽり、視界が黄色の何かで遮られる。それがいつもウォロの被っているイチョウ商会の帽子だと気付いた時には隣に彼の姿はなくなっていた。
 刹那、水の中に何か大きなものが落ちる音が聞こえ、大きく跳ねた海水がわたしの足に掛かった。

「ウォ、ウォロ!」

 いつの間にか、彼の背負っていた荷物もマンタインの背中に預けられている。足を踏み外した訳ではなく、ウォロは自らの意思で海へ飛び込んでいた。
 でも、だからと言って安心出来る筈もない。海面近くにポケモンの姿は見えなかったけれど海中がどうなっているか分からない。陽の光が差し込まないこの場所は、海はまるで墨を零したように漆黒に濡れている。
 それに潮の流れも油断出来ない。海の底で人など抗えない水流が渦巻いているかもしれない。
 そんな場所に何の準備もなく潜るなんて、いくら遺跡が好きでも自殺行為に等しい。
 でも、わたしは何も出来ない。わたしは助ける手段を何も持っていない。ムックルじゃ、ウォロを助けられない。
 マンタインなら助けられる。この子が潜ればあっという間に見付けてくれるだろう。でもそれをすると自分の身が守れない。
 どうしよう、どうしたらいいんだろう。焦りと心配、そして恐怖がわたしを襲う。最悪の展開が浮かんでじわりと視界が滲む。

「すみません、手を貸して頂けますか」

 ばしゃん、海面を叩くような音がしてウォロが海面に顔を出した。差し出された手を急いで掴む。わたしより一回り大きな手はすっかり体温を失っていて冷たい。早く引き上げないともっと冷たくなってしまう。もう片方の手も彼の腕に添えて思い切り引っ張り上げる。勢い余って転びそうになったのを何とか踏み止まっていたら、ウォロが全身からボタボタと海水を垂らしながらマンタインの背中に戻っていた。

「あっ、危ないじゃないですか!」

 怪我をした様子もなく無事である事にホッとしていたのに、口から出て来たのは心配に怒りも込めた言葉だった。でも仕方ない事だと思う。いつも何だかんだでちゃんと自分の身の安全を確保しているウォロが不用意に海に飛び込むなんて馬鹿な事すれば、怒りたくもなる。
 調査隊員でポケモンも持っている癖に何も出来ない自分に気付いた後なら尚更だ。自分の無力を誤魔化すように「いくら遺跡が好きだからって、もう少し考えて行動して下さい」と言葉を重ねる。

「続きが近くにあると思ったんです。その可能性が最も高いのが文字の下、海中だったので居ても立ってもいられず飛び込んでいました。でもほら、ジブンも無事ですし、濡れたままだと風邪を引いてしまいます。そろそろ引き上げませんか?」

 勝手すぎる。わたしの涙を返してよ。そんな文句を吐きたくなる。でも何を言ってもウォロが反省したり行動を改める事はないだろう。彼は一瞬道が交わっただけの相手なんて一寸足りとも気に掛けてくれない。わたしの言葉も当然届かない。彼はそういう人だ。ウォロに気付かれないよう目尻の涙を拭ってマンタインに来た道を引き返してもらう。

「……やはりアナタは優しいですね」
「何か言った?」
「いえ、ジブンが海中で見たものが気にならないのかと言っただけです」
「何か見つけたんですか?」
「何かあったのならジブンはまだ海の中ですよ」

 見上げたウォロは大真面目な顔をしてそんな事を言った。何だか真面目に取り合うのが馬鹿らしくなってくる。はあ、溜め息が零れた。

「言っておきますけど今回の任務はまだ何も終わってないんですからね。服が乾くのなんて待ってられませんから」

 頭上から首筋にぽたりと落ちてくる雫にちっとも可愛くない声が出て、恥ずかしさを誤魔化すように被ったままの帽子を目深に被る。

「なんと、{{kanaName}}さんはジブンには優しくしてくれないのですか」

 耳元で聞こえる声は、いつもの溌剌さが鳴りを潜め随分としおらしい。わたしだって情がない訳じゃない。しかも相手はウォロなのだ。眉間に皺が寄り、しばらく悩んで、結局「今回だけですから」ミツハニーの蜜といい勝負の出来てしまう甘い態度を取ってしまった。

「{{kanaName}}さんはお優しいですね」

 見上げなくともウォロがにんまり笑っているのが分かる。本当に調子の良い人なんだから。息を吐く。
 けれど、そんなわたしの口角もこっそりと上を向いていた。



 調査自体は半日もあれば終わるだろうと任された今回の任務、案の定ムラへの帰還が遅くなってシマボシ隊長の険しい視線を浴びる事となった。
 ジブンはあくまで案内役ですから、そう言ってムラの表門で別れたウォロは今何処で何をしているんだろう。次に会った時は彼のせいで怒られた分のお詫びとしてたっぷり勉強してもらわないと。わたしは不満に尖る唇と共に本部を後にする。
 玄関扉を開けるとちょうど突風が吹いた。体に残る潮の香りが風に攫われムラの外へと吹き抜けた。