調査員団員夢主がエイパム山でウォロと会ってひと休みする
今日わたしが調査でやって来た群青の海岸南西部に広がるエイパム山は比較的ポケモンが友好的だ。こちらが刺激をしなければ襲ってくる事はまずない。だからオバケワラを調査する時などはベースキャンプではなくこのエイパム山で休憩する事がしばしばある。今わたしがここに居るのもそれが理由だ。 「おや、{{kanaName}}さんではないですか!」 いつもの様にちょうど良い木陰に腰掛け、興味津々に近寄るエイパムへころころマメを分けてやりながら相棒のポケモン達を休ませていると、聞き覚えのある声が私の名前を呼んだ。顔を上げれば案の定、イチョウ商会のウォロが人の良さそうな笑顔で手を振っている。 「こんな所でどうされましたか」 何か困り事ですか、そう言ったウォロはわたしへ心配そうな瞳を向け、鈍色の瞳を滑らせわたしの頭から足先までを確認する。何も見つからないと今度はわたしのポケモン――チュリネとロコンへと視線を移した。けれどわたしもポケモンも怪我もなければ具合も悪くない。ただ休憩しているだけだ。ウォロはもう一度わたしを見つめると「ジブンもご一緒させて下さい」とわたしの隣へ腰を下ろした。 「サボりですか」 「辛辣な事を仰いますね。半分当たりですが半分間違いです」 自身の足の間に置いた大きな荷物を解き、いきいきイナホを取り出したウォロは、それから腰に付けたボールをころりと地面へと落とした。中からタマゴ形のポケモンが現れる。トゲピーだ。 「チョキ……」 不機嫌そうな声だった。顔を見ると今にも泣き出しそうで、ちらりとウォロを見るとトゲピーに負けず劣らず険しい顔をしている。 「眠たいはずなのに寝てくれないのです。ほらトゲピー、アナタの好物ですよ。これを食べて寝てくださいな」 もう一度トゲピーを見ると、確かに眠たそうに目をしょぼしょぼさせている。でも何が嫌なのか、必死に眠気に抗って怒った顔を見せている。そんなトゲピーの前でウォロがイナホを振ってみるけれど、全く相手にされずトゲピーは不機嫌に手足をばたつかせている。体格の良いウォロが小さなトゲピーの前にしゃがみこんで肩を落とす姿は同情を呼び、それと同時に申し訳ないと思いつつも少し滑稽に見えた。 赤ちゃんと父親みたい。無理やり笑顔を作ってトゲピーを寝かしつけようとするウォロに思わず頬が緩む。本人達には一大事件なんだろうけど、隣で見ているわたしには微笑ましい姿に映った。 「ポケモンによってここまで成長速度が異なるのは大変興味深いですが、こうも手が掛かるのは想定外です。{{kanaName}}さんもお気を付けください」 いよいよ本格的にぐずり始めたトゲピーを地面へ下ろし、ウォロが息を吐く。するとトゲピーはますます大きな声で泣き始め、近くでわたし達を見ていたエイパム達も驚いて逃げてしまう。ウォロがまた溜め息を吐いた。 「困りましたね」 苛立ちよりも心配の色が濃い声だった。この様子だとボールの中でも眠っていないのだろう。笑っている場合じゃない。何かわたしも手伝ってやれないだろうか。捕獲用のよせだまを勝手に食べるチュリネを睨みつけながら考える。まったくチュリネときたら……そうだ、チュリネだ! 「ウォロさん、少し息を止めててください」 よせだまを食べ終えたチュリネをトゲピーの前へと押し出す。そしてウォロの返事を待たずにひとつの指示を出した、ねむりごな、と。 チュリネのねむりごなは然程強力ではない。せいぜい眠気を誘う程度の威力だ。それでも今のトゲピーには充分だろう。 チュリネはあやす様に小さなトゲピーの頭を撫でると、ぱらぱらとねむりごなを撒いた。付き合いの長いチュリネはわたしの意図を汲んでくれたらしい、粉はちらちら降る粉雪のように優しくトゲピーへと降り注がれる。 風が吹き、トゲピーが吸い込まなかった粉が舞い上がる。咄嗟に目を瞑って手で鼻と口を押さえたけれど大きな欠伸が零れる。少し吸い込んでしまっていた。それでも量は多くなかったから眠ってしまうことはないだろう。 わたしは目を開けてトゲピーを確認する。チュリネの隣には、頭の先を丸めてタマゴの形になったトゲピーがすやすやと寝息を立てて眠っていた。 「よかった、ちょっと反則だけど寝てくれ……わっ!」 ずしりと肩に何かが寄りかかってきた。驚いて振り向く。ウォロだ。 「ウォ、ウォロさん?」 寄りかかったウォロは帽子で顔が隠れてどんな様子か分からない。けれど次の瞬間、トゲピーのとは違う、小さな寝息がすぐ傍から聞こえてきた。 「寝ちゃった……」 わたしがうっかり吸い込んでしまったように、ウォロもまたチュリネのねむりごなを吸い込んだようだ。風の向きか呼吸のタイミングか、はたまたトゲピーの世話で疲れが溜まっていたのか、眠気に逆らえずに眠ってしまったのだろう。名前を呼び少し体を揺さぶった程度では起きないところを見ると、トゲピーの世話は微笑ましいと笑ってられる程甘くはないようだ。 邪魔にならないように、とそっと帽子を脱がす。いきいきイナホの金色の穂にも負けない艶やかな髪が陽の光を反射してきらりと輝く。その美しさに思わず手が伸び、その髪を撫でる。 「もう少し休憩しよっか」 ロコンがふわふわのしっぽでトゲピーを包むように丸まる。チュリネはウォロの落としたイナホを拾い上げて眠るトゲピーに添えるとロコンの背中へ寄りかかった。遠巻きにしていたエイパムがまたこちらへ戻ってくる。 大きな欠伸がまた一つ吐き出される。木漏れ日が風に合わせてゆらりと揺れる。たまにはこんな日も悪くない、わたしは昼寝の番をしっかり務めるべく少しだけ背筋をピンと伸ばした。 * 覚醒は突然にやってきた。ぱちりと開いた瞳に映ったのは気持ち良さそうに眠る{{kanaName}}の顔だった。どういう状況だ、起き上がろうとして自分が彼女の膝を枕にしていた事に気が付く。 「は……」 「チョキプィ!」 視線を横へ向ければすっかり元気になったトゲピーが楽しそうに鳴いている。眠たいのに寝れずに泣き散らしていた姿はどこにもない。 寝たのか、そうだ、寝たのだ、彼女のチュリネが眠らせたのだ。そしてジブンも不覚にもねむりごなを吸い込んでしまい眠っていたのだ。 体を起こす。高くにあった太陽はエイパム山の後ろへ隠れ始めている。 「{{kanaName}}さん、起きてください」 馬鹿な女だ。ジブンの事など気にせず立ち去ればよいものを律儀に居残り、挙げ句こんな所で自身も寝入ってしまっている。 「{{kanaName}}さーん!」 本当に馬鹿な女だ。しっかり寝こけてしまって簡単には起きそうにもない。何もなかったから良いものの、愚かにも程がある。ジブンを置いていけないならすぐに起こせばよかったのだ。全く何をしているのだか。 「ジブン、そろそろ行こうと思うのですが」 強めに肩を揺さぶるが小さく呻くだけで{{kanaName}}はまだ目を開けない。 「起きないのなら、」 トゲピーをボールに戻し脱がされていた帽子を被り直す。 「……待ちますか」 手を伸ばし{{kanaName}}の頭を撫でる。自然にしていた行動に、ウォロは小さく息を吐いて空を仰いだ。 紺碧の空は憎らしいほど澄み渡っていた。