酔った夢主とウォロ
しん、と静まり返るミオ通りをふらふら千鳥足で歩いていく。今日の宴会はちょっぴり上等なお酒があったからつい飲み過ぎてしまった。 いつもなら思考も体もしゃんとして宿舎へ帰れるのに、この通り体は酔いに負けている。 「{{kanaName}}さん危ないですよー」 少し後ろから声がする。くるんと勢い良く振り返ったらニコニコ顔のウォロがいた。 そう言えば、今日の宴会にウォロの姿もあった。お酒や肴を宴会場になった集会所へ持って来たのがウォロで、何故かそのまま居座って飲み食いしてたんだ。品質確認ですとか上手いことを言ってちゃっかり飲み食いしてたのをわたしは見ている。 「お酒は強いと仰ってたと記憶してますが、ふらふらじゃないですか!」 「そんな事ありませんもん」 ぐらつく体をどうにかまっすぐにしてぶんぶんと首を振る。まさか後ろにウォロがいたなんて気付いていなかったから、少し気が抜けて広い通りをちょっと蛇行していただけだ。 「それにこの道を進んでも{{kanaName}}さんの宿舎はありませんよ」 「え、そんな訳……」 ウォロは何を言ってるんだろう。ぐるりと辺りを見渡す。小さな村だから勿論よく知る道で、けれど確かにウォロの言う通り帰り道ではない。 通りを一本間違えていた。でも横道がないから突き当たりまで進んで宿舎のある通りに入るしかない。それはつまり歩く距離が増えるという事で。 もっと碁盤の目のように縦横に道を作ってくれたらいいのに。はあ、少々お酒の匂いのする溜め息が零れる。 「{{kanaName}}さん、この先に商会が間借りしている宿舎がありまして、倉庫として使っているので手狭ではありますがちゃんと布団もあります。どうしますか?」 ニコニコ笑うウォロがよくするように人差し指を突き立てる。ゆらゆら揺れるそれを見ていたら家まで歩くのが何だかひどく面倒になって、わたしは大きく頷いた。今すぐ布団に入れるなら倉庫でもボロ屋でも何でもいい。 「ジブンもこんな状態の{{kanaName}}さんを放っておけませんから一緒に宿舎へ来て下さるのは大歓迎です。さあさあ、此方ですよ!」 ウォロの左手がわたしの手を掴む。小さな子でもないのに手を繋ぐのは普段なら恥ずかしくてすぐに振り払っていただろう。 けれどこんな夜更けで誰の視線もなく、おまけに酔った頭ではむしろ楽しくなっていて、ぎゅうと握り返していた。そうしたらウォロがちょっと驚いた顔をして、そんな幸運に思わずにんまりと笑っていた。 酔いで熱くなった手には、ウォロの少し冷えた指先がとても心地良かった。この手で火照った頬を挟まれたらどんなに気持ち良いだろう。考えて、流石にそれはして貰えないと諦める。手を繋げただけで満足しておこう。だってウォロとわたしは特別な仲ではないのだから。 ウォロの言う宿舎にはすぐに着いた。引き戸を開けると、さほど広くない室内は大小様々なつづらで埋まっていた。 わあ、と驚いていたらウォロが手を離して先にひとり靴を脱いで中へと入っていく。わたしも草鞋を脱ごうとするけれど、手にうまく力が入らない。早く上がって布団の中へ飛び込みたいのに、焦りと苛立ちのせいか酔いのせいか、草鞋の紐はうまく解けない。 「おや、随分酔ってしまわれたようで。ジブンが解いてあげましょう。草履のまま上がられても、そこで眠ってしまわれても大変ですから」 不意に視界が暗くなる。頭から降ってきた声につられて顔を上げたらウォロがまた笑っている。 一人で出来ると言いたい所だけど見栄を張る気力もない。足を投げ出してウォロにお願いする。ウォロはわたしの隣に腰を下ろすと、体を屈めて紐に手を伸ばした。 「{{kanaName}}さん覚えてますか? 先程の宴会中にお酒を零した時もこんな風に周りの方に世話されていましたね」 片方の草鞋がぺたりと土間に落ち、ついでに足袋も脱がされる。ひやりと冷たい空気に晒され寒さを感じた。 ウォロの言っているのはうっかりお猪口を落とした時の事だろうか。あれは自分でしようとしたのに隣の後輩君が勝手に片付けてしまったんだ。別にやらせた訳じゃなければ世話されたつもりもない。 そう言い返そうと口を開いたけれどウォロが先に言葉を続けて、わたしはその言葉に眉を顰めた。 「ではその後ご自身が何をされたかも覚えてますか」 「何、を……」 思い出そうとするけれど何も思い出せない。特別な事をしたのだろうか。 わたしが考え込んでいる間にもウォロはわたしの草鞋を足袋ごと脱がし終えていた。まるで小さい子になったようで世話されているようで、何だか恥ずかしくなる。この調子だと子守唄まで歌われてしまいそうだ。 「あ、りがとうございます、でももう大丈――」 「ジブンにはしてくれないんですか?」 「えっ」 ニコニコの笑顔を何処に隠したんだろう。ウォロは白銅色の瞳でじっと見つめてくる。目新しい物を見つけるとすぐにきらりと輝くその瞳はどこか薄暗く、まるでわたしを責めているようだった。 でも、ウォロが何を言いたいのか分からない。 「頭を撫でて彼の頬に接吻していたじゃありませんか。ジブンも{{kanaName}}さんのお世話をしたのですから、ご褒美を貰ってもいいのでは?」 言われて、都合良く忘れようとしていた記憶が蘇る。お酒で気が大きくなっていて、つい相棒のブイゼルにするように撫でたりしてしまったのだ。でもまさか運悪くウォロに見られてしまっていたなんて。席も遠くて宴会中はろくに話もしなかったのに。 「ここですよ、{{kanaName}}さん」 とんとん、と人差し指が頬をつつく。いくら酔いが回って足もふらふらになっているとは言え、宴会中の高揚感はすっかり鳴りを潜めている。こんな静かで二人きりの場所で、勢いでもそんな事出来る筈がない。 ましてや相手はよくお世話になっているウォロだ。接吻なんてしてしまったら、明日からどんな顔をして買い物をすればいいんだろう。今まで隠せていた淡い恋心を今まで通り隠し通せる自信がない。 「大丈夫ですって、寝て起きたら忘れてますよ」 そう言いながらウォロは少しずつ距離を詰める。ヒスイの大地に降り積もる雪のように白い肌がわたしに近付く。ウォロは冗談だと身を引くつもりはないようだ。もう、どうにでもなれ。 ぎゅっと目を瞑って唇を押し付けた。緊張で力んだ唇に柔らかい肌が当たる。 変に意識をして絶対に出来ないと思ったそれは、勢い任せにやってみればあっという間に終わってしまった。ブイゼルにするのと何も変わらなかつた。 夜風に当たって中途半端に酔いが覚めたせいで躊躇ってしまったけど、これならたとえ記憶に残っていてもウォロとの関係が拗れる事もきっとな―― 「えっ、」 安堵して目を開けると、ウォロがわたしをじっと見つめていた。ウォロは唇をゆるりと弓形にしならせると、長くて骨太の指をわたしの顎に掛けた。 一瞬の事だった。 夜空に浮かぶ満月のような淡い白を宿した二つの瞳がわたしへ迫ってくる。思わずぎゅっと目を閉じた。 ふにゅ、と頬とは異なる柔らかさが唇に伝わる。それがウォロの唇と気付いて咄嗟に体が後ろへ逃げる。けれどもう片方の腕が背中へと回され逃げられない。 唇は瞬きよりも僅かな時間だけ触れ合い、けれど離れたと思ったら再び交わった。 何度か重ねるだけのそれを繰り返し、ウォロがまた笑って、わたしの唇をやわく食む。わざと音を立てて接吻を繰り返され、酔いでくらくらした頭はますます理性から遠のいていく。 気持ちが良くて、とろりと溶けてしまいそう。 「もっと欲しいですか?」 甘い痺れが心地良さと体の奥に疼きを与え始めた頃、ウォロはようやくわたしを解放した。浅くなっていた息を整えるように肺を動かしていると、澄ました顔が再びわたしへと近付く。ほんのりと赤く色付いた頬が微笑む。 「ふふ、ご安心ください。やめるつもりはありませんよ」 わたしより一回り大きな両手が頬を撫で耳を塞ぐ。今度は寄せられる唇から逃げなかった。 目を閉じ、ぬるりと押し込まれる舌を受け入れ自分のと絡め合った。互いの唾液が混ざり、くちゅりと音が鳴る。耳を塞がれたせいか、自分の心音と接吻が立てる音だけが体に響く。それが花芯を疼かせ、無意識に内股を擦り合わせていた。 「いやあ、役得とはこの事ですね。さあ{{kanaName}}さん、布団の用意は出来てますからお休みください」 どちらのとも分からない唾液が糸となってわたし達の間に掛かったのも束の間、ウォロが愛想なく離れていく。ぷつりと切れたそれは口端に垂れ、今しがたの行為の跡となるのに見向きもしない。 ほんの少し前まで早く倒れ込みたいと願っていた布団は、今や異なる意味を抱えてわたしを待っている。一つしか見当たらないそれを見て、わたしはウォロへ訊ねる。 「ウォロさんは、どこに……」 「ジブンは寝袋があります。布団はどうぞ{{kanaName}}さんがお使いください」 床へ下ろした荷物を指してウォロが言う。どこか楽しそうな顔がわたしを見てうんうんと頷いた。 「いつ誰が来るやも分からないこんな場所で女性を襲いはしませんよ。そもそもジブンとアナタは恋仲でもないのですから、許されないじゃないですか」 息が苦しくなる程接吻を重ね、自分だって興奮していたくせに、ウォロは平然とそんな事を言ってのけた。嫌いな相手とあんなに濃密に唇を重ねるなんてしない事、ウォロなら分かる筈なのに。 「それに、{{kanaName}}さんは起きたら〝忘れて〟しまうのでしょう?」 「そ、れは……」 明日になれば忘れているという建前でした接吻のせいで、その言葉に反論出来ない。なんてずるいんだろう。 「ではこうしましょう。{{kanaName}}さんは明日からジブンの恋人です。でもジブンからは言いませんから、ちゃんと{{kanaName}}さんが忘れずに覚えていてくださいね」 いつものように人差し指を振り回してウォロが口角を上げる。少し意地悪くて勝ち誇った顔をしていた。 普段よく見せるお手本のような人当たりの良い笑顔はどこに行ったのか、ぞくりと背筋が震える。けれど今見せている笑顔はどこか人形のようでそら恐ろしい笑顔より余程人間味があって目が離せなかった。 そんなわたしへウォロは苦笑して、立ち上がると共にわたしを抱え上げて布団へと連れていく。 「ではまた明日。おやすみなさい」 最後にもう一度唇を奪って、ウォロは少し離れて敷いた寝袋にその体を横たえた。 唇に残る余韻とすっかり準備が出来てしまった身体、それからすぐ傍で呑気に寝息を立てるウォロに眠気を取り上げられ、わたしがどうにか眠りに就けたのは空が白み始めた頃だった。