サボって石版を調査するウォロと、そこに遭遇した彼のお気に入りのお得意さま
それはちょっとした悪戯だった。 大好きな主人に放ったらかしにされ呼び掛けに生返事すら返して貰えない小さなポケモンが不憫で、同じく意中の相手に返事すらして貰えない自分が可愛そうだったから、彼に腹を立てるより早く体が動いていた。 元気のない声で鳴くトゲピーを抱きかかえてオボンの木の下に腰を下ろしては寄りかかって熱心に石を眺めているウォロへ近付く。なるべく視界に入らないよう後ろへ回って距離を詰め、トゲピーを持ち上げると、 「チョキ……」 これは想定外。泣き出しそうなタマゴを胸に抱えてしーっと人差し指を立てる。二、三歩距離を取って改めてウォロへ向き合う。 今のはほんの少し躊躇いがあったせいでトゲピーを不安にさせてしまった。こういうものは勢いが大事だ。 今度は慎重かつ大胆にウォロの頭より少し高く持ち上げると、今度こそ遺物に夢中な彼の頭へトゲピーを乗せた。悪戯は上手くいきそうだ。 けれどまっすぐ平らな地面ですら左右に揺れる小さなタマゴが人の頭上で落ち着けるはずもなく、咄嗟に掴んだ帽子ごとずるりと落ちそうになる。慌ててトゲピーを支え、そうっと土台となったウォロの顔を覗き込む。 自分の頭の上で今まさに彼のポケモンが必死になっているのに、眉ひとつ動かさずにひたすら石版を眺めていた。今ので帽子がずれ、髪も視界を遮るように前へと垂れたのにお構い無しだ。 その集中力に感心を通り越して呆れつつ、ならばもうウォロの事など気にせず自分もトゲピーを頭に乗せる事だけに集中力しようと、もう一度帽子の上へトゲピーを乗せる。 小さな足がボア生地を踏み、収まりの良い場所を探す。ここだ、と満足気に鳴いたのを合図に支える為に添えていた手を離してみた。トゲピーは、落ちない。今度こそ成功だ。 「チョキチョキ」 けれど、嬉しそうに声を上げた拍子に丸い体がぐらぐらと揺れる。あっ、と小さい悲鳴を上げて引っ込めた手を伸ばし、 「チョキプィ」 上手にバランスを取るトゲピーに胸を撫で下ろした。 「じゃあ準備が出来るまでご主人さまの見張りよろしくね」 「チョキ!」 もう一度、トゲピーがちゃんとウォロの頭に乗っているのを確かめるとお昼の準備に取り掛かった。 荷物の中からよせだまと木の実を取り出す。どちらもポケモン達の大好物で、調査や捕獲の際にとても役立つが、これは手持ちのポケモン達の昼食用だ。少々形がいびつだったり傷の周りが熟れてしまったものはこうして手持ちのポケモン達に食べて貰っている。 それからポーチの底に押し込められた自分用の弁当箱を引っ張り出す。中にはおにぎりがぎゅうぎゅうに詰め込まれ、お裾分けで貰った二倍漬けはすっかり脇に追いやられている。 ムベが味だけでなく見た目の美味しさにも拘っている理由が今少しだけ分かった気がした。蓋を閉じる。これをウォロにお裾分けするのはやめよう。代わりにトゲピーの好物のイ―― 「なっ」 「チョ、チョキ……ピィー!」 すとん、背後で何かが落ちる音がして驚く男性の声が聞こえ、一瞬の沈黙が通ったと思ったら大きな泣き声が辺りに響いた。ぎょっとして振り返ると、トゲピーがウォロの前に落ちていて大声で泣き叫んでいる。 「ちょっと{{kanaName}}さん、トゲピーと遊ぶなら最後まで責任を持って頂きたいものです」 大丈夫ですかと駆け寄ったわたしに、ウォロが笑顔で怒る。 本人はいつも通りお手本のような笑みを浮かべているつもりなんだろう。けれど眉は釣り上がり唇の端もひくつき、およそ笑顔とは言い難い表情だった。おまけに声も普段より大きく刺々しいのだから、怒っていないと否定する方が難しい。 「すみません」 と、ウォロの顰め面を冷静に分析したものの、彼の怒りは尤もだから素直に頭を下げる。すると大きな溜め息がひとつ聞こえ、顔を向けたら泣き喚くトゲピーがウォロの腕の中に抱えられていた。 わんわん泣くトゲピーのポロポロ零れる大粒の涙を親指の腹でぐいと拭って、「びっくりしただけでしょうに、そんなに泣く事ですか」ウォロは眉間に皺を寄せて赤ん坊のポケモンを優しくあやしている。ついこの瞬間まで夢中になっていた石版は近くに放り出され、トゲピーが落ちた拍子に脱げた帽子もそのままだ。その姿が、ムラの写真館に飾られた一枚の写真と重なる。 写真館入口のすぐ傍の、よく目立つ場所に飾られたそれに、ウォロとトゲピーが写っていた。表門のすぐ隣にあって通り掛かる度にそれを眺めていたから細部までよく覚えている。 そこに写るウォロは、よく見掛ける上辺だけの綺麗な笑顔とは少し異なる、おそらく彼の本来の笑顔を滲ませていた。どこかツンとした雰囲気もその時だけは鳴りを潜め、裏を感じさせない朗らかな眼差しをしていた。そう、ちょうど今トゲピーに向ける眼差しのように。 「ところで昼食の準備は出来ましたか」 「は、え、えっ…、と」 「トゲピーがぐずるのは空腹のせいでもありましょう。出来れば急いで頂いてよろしいですか」 「は、はあ」 早くと急かされ、回れ右して荷物を広げた場所へ戻る。輪郭を掴みそうになった彼への印象がシャボン玉が弾けるように、タンポポの綿毛が飛び散るように霧散していく。 一緒にお昼を食べませんかと声を掛けたのは確かに自分ではあったけれど、返事も何もなかったからてっきり聞こえていないのだと思っていた。それでもそんな彼の無反応も気にせず準備をしていたものの、いざ催促されると何故だか納得がいかず今度はわたしが眉根を寄せる番だった。綺麗に拵えたよせだまをウォロのポケモンの為に用意するのがちょっぴり惜しくなる。 「どうぞ!」 小さいけれど形の良いイナホよせだまを選び終えたらウォロを呼んだ。片膝を立て背中はぼんぐりの木に預け再び石版と睨めっこをしていた彼が顔を上げる。トゲピーは何処かと思えば、彼の胡座の中でニコニコと笑っていた。 ほんの少し、邪魔をしてしまったかなと思う。 けれどウォロは物を売り付ける時に見せる人当たりの良すぎる笑顔で「ありがとうございます」と言ったから多分邪魔はしていない。 「今日はたまたま食事の用意をしていなかったので助かります。ジブン、好き嫌いはありませんし何でも美味しく頂きますよ」 「え、」 「その弁当箱に何が入っているのか今から楽しみです」 にっこりと笑うウォロは笑っているだけなのに妙な凄みがあって、白銅色の眼差しはやけに鋭い。 その怒りの根源が遺物調査の邪魔をしたせいか、それとも彼のポケモンを危ない目に遭わせたせいなのか、わたしには分からなかった。