ダイゴ『先生』に勉強を見てもらおうとしたら注意される。
前半夢主視点、後半ダイゴ視点です。
※『キャラを“先生”と呼ぶ』をコンセプトに書いた話であり、学パロではありません!
※「秘め事は放課後に」と同じ設定です(読まなくても問題ありません)
花まるはまだ遠く
カリカリ、ゴシゴシ、カリカリ。静かな部屋に苦労している音が響いている。
何なのこの問題、難しすぎる。板書したノートをペラペラと確認しても、そもそもどれを参考にすればいいのか分かんない。眉間に刻まれたしわが一層深くなってぎゅっと口を噤む。
ポケモン勝負の苦手なわたしにとってバトル学は鬼門中の鬼門だ。実技は当然のこと、座学の方もちっとも解けない。タイプ相性に、技の強さ、フィールドの状態にポケモンのコンディション、その他諸々、考える事が多すぎて訳が分からない。
この問題だってそう。ハリテヤマとバクーダの対戦なんてどうして考えなきゃいけないの。そんなのトレーナー業に就かないなら分かんなくたって生きてけるのに。
それでもわたしはこの問題を諦める訳にはいかなかった。だって今はダイゴ先生との勉強の時間なんだもん。
ダイゴ先生は頭が良くてとっても格好良くて、バトルの腕はホウエン一、でも趣味の石の事になるとちょっと目の色が変わって、只者ならぬ人ってオーラがあるのに意外と気さくで優しい、まさに完璧パーフェクトな人。そんな人がわたしの彼氏だなんて、本当に良いのかなって思っちゃう。だってわたし、ただの一般人でポケモンの事も全然詳しくないんだもん。
って、今は問題を早く解かなくちゃ。ダイゴ先生がわたしの彼氏でデートをしたり手も繋いだり、実はキスまでしちゃってる事も、今この瞬間は忘れて目の前の問題に集中だ。ダイゴ先生の彼女なのにポケモン勝負もバトル学も出来ないなんて先生の名誉に傷が付いちゃう。難しいけど、どうにかこの一問だけでも。シャーペンを握る手にぐっと力が籠る。
けれど、そんな気合いで解けるほど甘くないのが現実で。何度も書いては消しを繰り返し、時々呻いてシャーペンを握り直してまた手を動かしても、やっぱり途中で手が止まる。正解への道筋が分からないわたしには、正解は遠すぎる。
そんなわたしをアイスブルーの瞳が心配そうに見つめている。その相手はもちろん隣に座るダイゴ先生。問題とノートを睨み付けひどい顔をしてるわたしの横顔がいつ助けを求めてもいいように、じっと静かに待ってくれている。わたしはシャーペンを置いてダイゴ先生を見上げる。
「ダイゴ先生…っ、こんなの無理です!」
解けないのが悔しくて、ダイゴ先生にがっかりされるのが辛くて、本当はもっともっと可愛く甘える感じで教えて欲しいと頼むつもりだったのに、まったくの正反対の態度だった。
眉はつり上がって眉間には深いしわが寄って、じわり滲む涙を隠そうとしたらダイゴ先生を睨んでいた。唇もへの字に曲がっているしほっぺただって笑顔とは程遠くカチカチに強ばっていた。おまけに声は変に上擦って掠れて可愛さのかけらもなかった。
まさに大失敗、穴があったら入りたい。ダイゴ先生の返事までの一瞬がすごく長い。ううん、違う。本当に長い。先生は見たまま固まっていた。
「……ダイゴ、せんせ?」
「っあ、あぁ…、そうだね。これは少し厄介な問題だと思うよ。ボクも少し悩んじゃったからね」
「へ、へぇ……」
何だろう、今の間は。わたし、そんなにひどい顔をしてたのかな。だからあのダイゴ先生でも返事に困って反応出来なかった、とか?
そんな事さすがに……ううん、有り得る、きっとそうに違いない。今のわたし、問題が解けないだけで拗ねて眉間に皺を寄せて涙目になってたんだ、見せられない顔に決まってる。
ああ、もう最悪! しばらくダイゴ先生の顔、見られない、こんな顔見せれない。でも、さっきの先生、ほっぺたが少し赤くなっていたしどちらかと言うとドキッとして……いや、きっと気のせいだ。失敗を信じたくない体が幻覚を見ただけだ。
なんて事を考えていたせいか恥ずかしさで肌が火照ってきて。ぱたぱたと手で扇いでその熱を冷ます。と言ってもそんなちっぽけな風じゃあ火照りは全然収まらないしダイゴ先生にも奇妙な顔をされてしまった、この部屋そんなに暑いかって。ダイゴ先生が解説を書こうとした手を止めて眉をひそめる。
「{{kanaName}}ちゃん、」
「きょっ、今日、暑いなぁって!」
言いながら険しい眼差しから視線を逸らす。
ああ、もう、やだやだ。こんな事なら無駄に頑張らずにさっさと解説してもらった方が良かったのかも。どんどん暑くなる身体を冷まそうと、ボタンを2つ開けたブラウスをつまんでぱたぱたする。手で扇ぐのとあまり変わらないけど首元の熱は少し収まったような気がする。
「{{kanaName}}ちゃん、きみって子は…、」
はあ、と大きなため息が聞こえて、次の瞬間ダイゴ先生が腕を回してわたしの左肩を掴んだ。突然の事に身体が大きく跳ねて「へぁっ、」と間抜けな声が零れる。心臓が一気に加速して体温も急上昇していく。
何なに、ダイゴ先生一体どうしちゃったの。驚いてぎゅんっと向けた視線がばちりと絡む。ダイゴ先生がわたしをじっと見つめる。鋭利な視線がわたしを睨め付けた。ダ、ダイゴ先生、もしかして怒ってる……? でも、何で?
「あ、あの、ダイゴ先せ――」
「いけない子だ」
ぐっ、と肩を引き寄せられたと思ったらダイゴ先生の顔が目の前にあった。ちょっとでも動いたらぶつかっちゃう。それくらい間近にダイゴ先生が居る。どくんどくん、大きな音を立てる心臓が今にも胸を突き破ってダイゴ先生の胸目掛けて発射しちゃいそうだ。
先生はゆっくりと目を伏せると視線の先の何かを追うように頭も下げた。普段はめったに見れないダイゴ先生のつむじが見え、流れ星の尾のように煌めく銀の髪があごを掠め首筋をくすぐった。さわさわと肌を撫でる刺激に、体がふるりと震える。
「ひゃあっ、」
髪の毛とは別の、柔らかな何かがわたしの肌に触れた。鎖骨の辺りだった。
飛び出た声に慌ててぎゅっと口を閉じて両手で抑える。変な声、出ちゃった。恥ずかしくて耳まで真っ赤になる。
でもダイゴ先生は離れてくれない。このままじゃくすぐったいのが我慢できなくなる。何とか耐えてるけど、そのせいで鼻息が荒くなっちゃってる。
「ん、んっ…、」
我慢してるのに、必死で無視してるのに、声が吐く息に混じって零れちゃう。自分でも知らなかった変な声がどんどん溢れてくる。
もうだめ、恥ずかしくて死んじゃう。両手を前へ突き出してダイゴ先生を押し退けた。つもりだった。
「ひっ…!」
先生の唇が優しく触れていた場所に突然、鋭い痛みが走った。多分、ほんの一瞬の出来事だった。わたしが自分の身に何が起きたか理解した時には痛いのは終わっていて、ダイゴ先生は最後にちゅっ、と音を立ててキスをするとゆっくりと体を起こした。
「悪い子だね、きみは」
少しトーンの下がった声はうっすらと怒気を孕んでいる。わたしに向けられる瞳も氷のような冷たさを感じる。
けれどその一方でダイゴ先生の頬はチークを乗せたようにほのかに赤く染まっていて、整った眉も困ったように下がっている。その顔はデートの時にたまに現れるもので、ダイゴ先生から大人の仮面が外れた時に現れる顔だった。
そう、先生は今わたしの事を生徒じゃなくて恋人として見てるのだ。勉強中なのに、いきなり、急に。どこでそのスイッチが入ったんだろう。全然分からない。分からないけど目を合わせ続けるのが恥ずかしくてダイゴ先生の視線から逃げた。そんなわたしに追い打ちをかけるように鋭い痛みが存在を主張する。
あ、これ、きっとそうだ。さっきの痛かったの、キスマークだ。ダイゴ先生のものだっていう印を、付けられちゃったんだ。
「{{kanaName}}ちゃん、暑いからってボタンを開けすぎだよ。ちゃんと閉じて誰にも見せないで、いいね?」
ぼうっとした意識に優しいけれどトゲのある声が響く。ダイゴ先生の真剣な眼差しにこくこくと頷いて大急ぎでボタンを留めた。誰にも、見せちゃ、だめ……それって、先生にも? うん、多分、そう。見せたらまた……。
「じゃあ勉強、続けようか」
ダイゴ先生が微笑む。すっかりいつものダイゴ先生だった。わたしも慌ててシャーペンを握る。
けれど頭の中はキスマークの事でいっぱいで、次は一体いつ付けてもらえるんだろうと、そんな事ばかり考えていた。だから当然問題は解けないままで、わたしのバトル学の成績向上はまだまだ先の事だった。
模範解答には未だ及ばず
{{kanaName}}ちゃん自身はきっと気付いていないけど、{{kanaName}}ちゃんは問題を解く際に色んな表情をしている。
簡単な問題だとぱあっと笑顔になって口角が楽しそうに上がって、反対に難しい問題だとすごく嫌そうな顔をする。そういう時は決まって少し拗ねた顔で「わかりません」ボクに教えを乞う。今日の{{kanaName}}ちゃんは後者、苦手なバトル学はいつもそうだった。
どれだけ粘れるのかな、邪魔にならないよう気を付けながら彼女の横顔を見つめる。{{kanaName}}ちゃんはさっきからきゅっと唇を結んだまま問題文を睨み付け、困ったように眉根を寄せている。口元に手を当て考え込み、書いては消してを繰り返して「うぅ…、」と唸り声をあげる。それでもまだ諦める気配はなく、テキストを調べ板書を見返していた。
ドキリとした。なんて事はない、日常のよくある光景なのに、目が離せない。無意識にごくりと唾を飲み込んで、苦しげに歪む{{kanaName}}ちゃんの横顔を見つめる。
まずいと意識できた時にはもう遅かった。悩ましげな横顔はあまりにも扇情的で、良くない思考――要するにムラッとしてしまったんだ。慌てて劣情を振り払おうとするがちょうどその時タイミング悪く{{kanaName}}ちゃんが問題を諦めてしまう。
{{kanaName}}ちゃんの揺れる瞳がボクを見上げた。解けなくてよほど悔しいのか、瞳は涙の膜に覆われている。
「ダイゴ先生…っ、こんなの無理です!」
焦りの滲む声は上擦って、つぶらな瞳からは今にも涙が零れ落ちそうだ。{{kanaName}}ちゃんは問題が分からなくて困っているだけだ。なのにボクの最低な思考はそんな彼女を性欲と結び付けてぐらぐらと理性を揺さぶった。
「……ダイゴ、せんせ?」
訝しむ声にはっとする。何とか持ち堪えた理性で取り繕って授業に集中する。今はデートの時間ではなく勉強の時間であり、第一そういう事は{{kanaName}}ちゃんが卒業してからだとボクの方から約束した。だから何も考えるなダイゴ、問題にだけ集中しろ。それなのに、だ。
解説を始めようと問題へ落とした視線を{{kanaName}}ちゃんへ向けた瞬間、何かがぷつりと切れた。
今の今まで気付いていなかったけれど――いや、本当は極力見ないようにしていた――{{kanaName}}ちゃんはブラウスのボタンを2つも開けていた。丁寧にアイロンを掛けたブラウスから柔肌が覗く。本人の言う通り暑いのだろう、その肌はじんわり赤らんでいる。そういえば今日は朝からこの季節の割には暑かった。
あのボタンはいつから開いているんだろう。もしかして今日一日ずっと、スクールの同級生達の前でも胸元を晒していたのかも。そう考えた瞬間、嫉妬や独占欲がボクの体を突き動かしていた。
「{{kanaName}}ちゃん、きみって子は……、いけない子だ」
華奢な肩を抱いて引き寄せて、鎖骨のくぼみに唇を這わす。{{kanaName}}ちゃんの身体が跳ねて甘美な声が漏れた。初めて聞く欲を孕んだ声にボクの心臓もどくんと跳ねる。
満足感と顔も知らない彼女のクラスメイトへの優越感に浸りながら肌に吸い付く。この子はボクのものだ。誰にも渡さない。誰にも汚されたことの無い肌にその印を散らす。
「悪い子だね、きみは」
そう言ったものの、本当に悪いのは間違いなくボクだろう。すっと冷えた頭が己の愚かさを指摘する。
けれどここで素直になれるほど出来た人間でもないボクは今日もまた大人ぶって可愛い彼女の前で格好を付けるのだった。