隣はあなた

とあるコンクールで賞を取った夢主は祝賀会に参加する事になり、そこで何だか怪しい男に声を掛けられる。
※「シャッターチャンス」が前日譚に当たります。話自体は独立して読めます。

 ダイゴさんから借りたカメラで写真を撮ったら良い一枚が撮れた。ダイゴさんに薦められてコンクールに応募したらちょっとした賞を頂いた。そして今し方表彰式を終えたわたしは、何とも豪勢な祝賀会に参加している。
 場所はカナズミの有名ホテル。広いバンケットルームは天井が高く、大きなシャンデリアが煌びやかに光っている。足元へ目を向ければ、毛足の長いカーペットは模様がとても緻密で、そこへ並べられたテーブルの純白と合わさって見事な美しさを醸し出していた。普段の生活では触れる機会が滅多にない、特別な空間だ。
 
──緊張する。さっきの表彰式の何倍も緊張して、心臓も爆発しちゃいそう。

 様々な分野の芸術コンクールというだけあって、祝賀会の規模も相当なものだった。キョロキョロと辺りを見渡してみるも、周りの人達はみな慣れた様子で、わたしだけがこの場の雰囲気に飲み込まれている。
 先程受け取ったシャンパンに口を付ける。この緊張を解すにはアルコールの力を借りるのも一つの手だろう。グラスから全く減ったようには見えないけれど、飲み込んだシャンパンはじんわりと体を温めてほんの少し余裕が出来た気がした。
 再び人の山に目を向ける。コンクールの協賛にデボンの名前があり、本人からも参加すると聞いていたから、何処かにダイゴさんがいる筈だ。だからさっきから探しているのだけど、やっぱり見付からない。
 そのせいで度々周りの参加者から「誰かお探しですか」と声を掛けられたり、好奇の目を向けられたり、挙句「待ち人が来るまで少し話しませんか」なんて揶揄われたりして。必死に笑顔を取り繕って逃げたけれど、そろそろ限界だ。

──せっかくオシャレしたのに。

 ため息が零れ俯くと、鮮やかなブルーがふわりと揺れた。それはせっかくのパーティなのだから、とミクリさんが選んでくれたドレスで、一目見て気に入った。以前ダイゴさんから贈られたアクセサリーとも合っていて、当日に袖を通すのが楽しみで仕方がなかった。
 でも、慣れない場で慣れない服装はひどく心許ない。普段より少し高いヒールも、緊張に拍車をかけるばかりだった。

──ダイゴさん、いないのかな。

 もう一度、ダイゴさんの姿を探す。ツンと立った銀の髪は華やかな会場でもきっと目立つだろう。それを頼りに遠くまで目を凝らすと、ようやく、見覚えのある髪形の男性を見付けた。あっ、と遠慮がちに手を挙げると、横顔がこちらを向いた。ダイゴさんだった。彼もまたわたしに手を振ると、こちらへと向かってくるのが見えた。
 ほっとして、シャンパンに口を付ける。口に含むとフルーツの香りが鼻に抜け、パチパチと弾ける気泡と共にやわらかな甘みが舌に広がっていく。さっきも飲んだのに、今初めて味を感じて、自分の余裕のなさにひとり恥ずかしくなった。その時だ、背後から声が掛かる。

「{{kanaName}}さんですよね、あのボスゴドラの写真を撮った」

 知らない声ではあったけれど、名前を呼ばれて振り返る。そこに居たのは果たして見知らぬ相手で、男性はにこりと笑うと名前を名乗った。知らない名だった。
 経営者を名乗る男性は、大袈裟なくらいわたしの写真を褒めた。魅力的だ、迫力があった、感動した、素晴らしい云々……色々な言葉で賞賛された。そして、

「是非とも{{kanaName}}さんに私の写真を撮って頂きたい!」

 わたしの手をぎゅっと握り締めた。
 ダイゴさん以外の男性に挨拶以外で手を握られるなんて、一体いつぶりだろう。にわかに赤くなった頬は到底隠し切れず、相手に見られてくすりと笑われてしまった。
 その余裕のある表情に、手慣れた人なんだろうと気付く。ダイゴさんも、大抵の人なら恥ずかしくなるようなセリフや仕草をさらりとやってしまうけれど、この人もそのタイプなんだろうか。むず痒くなる心を落ち着かせながら「ありがとうございます」と頭を下げた。

「では早速詳しい話を……ここは少々騒がしいので場所を変えましょう」
「あ、あのっ、ちょっ」

 片手でわたしの手を握って、反対の手を肩に置いて、一気に距離が近くなる。初対面の人間とここまで肩を寄せ合うと、流石に恥ずかしさよりも気まずさが勝る。
 写真の話は少し興味があるから、せめてこの肩の手だけでも何とか出来ないかな。ゆっくりと一歩ずつ距離を取ろうとするも、

「こちらです」

 がしりと肩を掴まれた。恋人のダイゴさんだってここまで強引な事は滅多にない。どうやらこの人はパーソナルスペースが随分小さいらしい。わたしとしてはもう少し距離を取りたいのだけど。これだとまるで……。
 その時だった。

「すみません、彼女に何か用ですか」

 鮮やかなブルーが目を引いた。普段とは異なる青のスーツを纏うダイゴさんに、今の状況もその瞬間は忘れてただただ見惚れていた。
 動いても身体に綺麗に沿って変な皺が一つも寄らないスーツはきっとオートクチュール。縫製にも、もちろん生地も一級品だろう。首元にはいつもと違って艶やかなボウタイが締められて、それもまた落ち着いた雰囲気によく合っていた。
 颯爽と現れたダイゴさんに呆けていると、顔は男性へ向けたままダイゴさんが「{{kanaName}}、」と名前を呼んだ。はっとして腕を振り払ってダイゴさんの傍へ駆け寄る。ダイゴさんは、隣に並んだわたしの腰へ腕を回し、もう一度、「彼女に何か?」微笑んだ。

「あ…、えっと、写真を撮ってほしいと相談されて」

 何故かまごつく男性の代わりにわたしが答えると、ダイゴさんは少しだけ微笑みを歪めながらこちらを一瞥して、また笑顔を作り直して「でしたら」と男性へ一歩、カーペットを踏み締めて近付いた。どうしてかダイゴさんからも殺気のようなものをピリピリと感じる。

「ボクが相談を承りますから、後日改めてご連絡ください」

 では、と軽く頭を下げてダイゴさんが歩き出す。その時腰に回っていた手が指先を見つけ出し、するりと絡め取られた。
 そのまま引っ張られるようにわたしも後に続くと、そのまま大きなドアをくぐり抜けテラスへと出た。青い空と涼やかな風に、大きく息を吸い込む。久しぶりにゆっくりと呼吸が出来た。

「ごめんね、遅くなって」
「ううん、べつに」

 あの人は少し強引だったから、ダイゴさんは丁度いいタイミングだった。でも、よくよく思い返せばダイゴさんってばちゃんと名乗ってなかったような。と、いうことは、

「あの人、ちゃんと連絡出来るかな……」
「……えっ、」

 賞を撮った写真はまさに奇跡の一枚で、あれと同じクオリティの物をまた撮れるかといえば自信はない。それでも気に入ってくれたなら、その気持ちには応えたいのだ。

「ダイゴさんってチャンピオンだけど、すごく有名人って訳でもないから知らないかも……」
「うん……? {{kanaName}}? 何の話かな」
「だから、写真を撮るって話」

 ダイゴさんはパチパチと瞬きを繰り返し、しばらくわたしを見つめて、ぎゅっと眉を寄せた。どくん、と心臓が跳ねて、もしかして、と何かが引っ掛かる。

「あれはきみを誘う口実だよ」
「そ、そんな訳……」

 否定はしてみるものの、言われてみれば、否、言われずとも、あの妙な距離感もどこか薄っぺらな賞賛も、要するにおだてて調子に乗らせてベッドに連れ込もうとしていたと思えばしっくりくる。
 やっぱりそうだったんだ、と残念がってみるも、本当は声を掛けられてすぐに気付いていた。けれどその手のナンパに今まで縁がなくて、気付かない振りをしていた。本当にわたしの写真を気に入った可能性も、信じてみたかったというのもある。

「あのさ{{kanaName}}、今日のきみはいつにも増して美しいんだよ。それこそすれ違った男性が思わず振り返ったり、熱い視線を送ってしまう程にね」

 握った手をさらに強く握りながら、ダイゴさんが自由な手でわたしの頬に触れる。
 ずん、と落ち込んだ心が途端に浮かれだして、鼓動がどんどん加速する。アイスブルーの瞳にまっすぐ見つめられたら全身の熱が顔に集まって、すりっ、と撫でられたら耳の縁まで赤く染まった。

「ボクだってそうさ。あの場で一番素敵な女性に目を奪われて、またきみに一目惚れしちゃったよ。ふふっ、これで何度目かな。本当はすぐにでもきみを捕まえたかったけれど……遅くなってごめんね」
「あっ、ううん、そんな、こと…、ダイゴさんだって忙しいんだから」

 わたしが見つけたダイゴさんは、仕事の顔をして誰かと話していた。チャンピオンというだけでなく、デボンでも地位のある立場にいる彼は常に忙しい。

「{{kanaName}}ってボクに甘いよね。でもさ、他の男に言い寄られて困った時くらい、素直に甘えてほしいな。だってボクはきみの恋人なんだから」

 ね? と小首を傾げるダイゴさんは柔らかな笑顔を浮かべて、その癖力強い眼差しを向けて拒否権を奪っていく。ダイゴさんは強引じゃないだなんて、そんな事はない。この人だって充分に強引だ。

「わかった。じゃあ、この後は一緒にいてくれる?」
「勿論だとも。でもね{{kanaName}}、」

 頬に添えられた手がすっと離れていく。指先を追うと、人差し指でダイゴさんの唇を指した。えっ、と?マークを浮かべるわたしにダイゴさんが言う。

「恋人にお願いするならココに、じゃないかい?」

 困惑するわたしにぐいっと顔を近付けて、そっと唇が触れ合って。

「それとも、抜け出しちゃおうか」

 赤く色付いた唇が楽しそうに笑う。そうしてゆっくり歩き出したダイゴさんが「やっぱり{{kanaName}}はボクの隣が一番良いよ」と言うものだから、この足が何処に向かっていても隣にダイゴさんがいれば何でもいいや、とわたしもはにかんでいた。