ようこそセレンディピティ

エイプリルフールネタ
アプローチしてるのに全然気付いてもらえなかったダイゴと呑気に嘘をつく夢主
※「いつか透明が色づくその日まで」の続きになりますがこの話だけで完結しています。

「わたしもダイゴさんみたいに強いトレーナーを目指す事にしました」
 座り心地は度外視して外観を優先したアンティーク調の椅子に浅く腰掛け、胸の辺りでぎゅっと拳を作りながら言う。向かいに座る祖父のお客様でチャンピオンのダイゴさんがティーカップから顔を上げてひとつ瞬きをした。
「だから暫くイッシュ地方へ行こうと思ってます。次に会う時にはわたしも──」
 出来るだけ真剣な顔をして本当の事らしく。わたしは大真面目に嘘をまぜた言葉を紡ぐ。
 けれど、
「暫くって、具体的にどれくらいなのかな」
 予想していた反応とは全く異なる言葉と表情が向けられた。
 わたしの予定では、ダイゴさんは驚いたり呆れたり、或いは喜んだりする筈だった。今まで何度か「きみはポケモンを育てないのかい」と訊ねられていたから、わたしがトレーナーになると言えば好意的な態度が返ってくると疑っていなかった。
 けれどエイプリルフールの嘘とはいえ実際に言ってみたらどうだろう。いつも浮かべている笑顔は消え去り、キッとつり上がった瞳が睨むようにわたしを見つめてくる。
「第一、トレーナーを目指すのにわざわざ他所の地方に行かなくてもいいんじゃないかな。あそこはホウエンとはポケモンの分布も大きく異なるし土地勘がないと旅は苦労するよ」
 ダイゴさんの指摘はもっともで、だからこそすぐにバレる嘘だった。
 いくら祖父が名の知れたブリーダーでその手伝いをしているからって、今までろくにポケモンを育てた事のないわたしが突然ホウエンを出てトレーナーを始めるなんて無謀にも程がある。子供ならいざ知らず、わたしはある程度分別のついた大人だ、そんな冒険する筈がない。
 だからダイゴさんならこんな馬鹿げた可愛い嘘もすぐに気付いて『騙されるところだったよ』なんて笑ってくれると思っていた。
「だからトレーナーを目指すのは止めないけど、ホウエンを出る必要はないと思うんだ」
 鋭かった視線が和らぐ。
 けれどそれは我儘を言う子供を諭す大人の眼差しで、エイプリルフールの嘘に気づいたからではなさそうで。ダイゴさんはわたしの言葉をまだ本気の言葉だと思っている。
 もしかしてダイゴさん、今日が何の日か気づいていないのかも。そうだとしたら大変だ。真剣に止めようとしている彼に、一体どんな顔で嘘だと告げたらいいんだろう。ますます嘘だと言いづらい。困った事になってしまった。
 助けを求めるようにちらりと窓の外を覗く。中庭では祖父がチャンピオンのポケモンの健康チェックをしているけれど、まだまだ終わりそうにない。
 わたしの淹れた紅茶もまだまだ湯気が立っていて、ダイゴさんが持ってきてくれたマカロンも沢山残っている。待ち時間に開かれる小さなお茶会は始まったばかり、嘘でしたと白状してもこの場から逃げる口実が見当たらない。
「お願いだよ、ボクの手の届かない所へ行かないで。すぐに助けに行ける場所にいておくれよ、ね?」
 胸のあたりで作っていた拳をダイゴさんが包み込む。少し傾げた顔から向けられる視線は普段ほど力強くはなくて、けれどじっと見つめられると顔が、体がどんどん熱くなってくる。
 祖父がポケモンを見ている間の待ち時間に話し相手をするようになり、今では一緒にお茶もするようになったけれど、体に触れられるのはこれが初めてだった。こんなにも熱っぽい眼差しも、感じた事がなかった。
 自分のより大きくてしっかりとした手のひらの感触に、決して逸らされない瞳に、わたしは初めて目の前の彼を異性として意識し始める。どくん、心臓が大きく跳ねる。
「それでも行きたいなら、イッシュにはボクと行こう。捕まえたいポケモンがいるなら手伝っ……」
 ダイゴさんが中途半端に口を開いたまま言葉を止める。じっとわたしを見つめていた力強い眼差しが違和感に気づいて怪訝そうな瞳に変わっていく。何度か瞬きを繰り返して、そして突然「あっ!」と大声を出して顔を真っ赤にして、空いた手で顔を覆って項垂れた。
 ダイゴさんが、嘘に気がついた。外された視線にほっとする。けれど簡単には落ち着かない心臓が、この気づいてしまった恋を勘違いて終わらせてくれない。
「イッシュに行くっていうのは嘘なんだね」
「……はい」
「トレーナーになるっていうのも?」
「はい……」
「そう、それは残念だな」
 再び顔を上げたダイゴさんは頬に朱色を残してはいたけれど、もう普段の穏やかな表情に戻っていた。わたしの嘘を咎めるつもりはないようで「まんまと騙されちゃったな」と笑っている。あの熱の篭った瞳は消えてしまった。
「ところでさ、手が離れなくなったみたいなんだ」
「えっ、」
「だから暫くこのままで我慢してくれるかな」
 そう言いながら、ダイゴさんの指がわたしの拳を解いて指を絡めていく。手のひらが重なって熱が混じり合う。ダイゴさんの手がわたしを包んで離さない。
 どくどくと心臓がうるさい。このままだとわたし、ダイゴさんの事を本当に好きになっ──
「やっときみが意識してくれたんだ、その気持ちだけは嘘だと言わせないよ」
 夜空に輝く一等星より眩く煌めくアイスブルーの瞳がうっすらと細められる。その顔はどこか満足げて勝ち誇ったように満面を笑みを浮かべ、わたしが視線を逸らそうとしても許してくれなくて。
 今になってようやく自分がとんでもない人に嘘をついてしまったと気がつくのだけど、伝わる温もりも向けられる笑顔も本物で、わたしの口角も少しだけ上を向いた。